ビジネスマン格闘日記

ある時は熱く、そしてあるときは惰性で、そして現在は生涯の趣味として

種市純也さん!

前回までのブログの続きで、今度は沖縄拳法の兄弟子である「Y S S」(横浜スポーツ接骨院の略)院長の種市さんについて書かせて頂きます。

種市さんについて、一般の(格闘技ファンの)方々は巌流島にてクンタップと激闘を繰り広げた選手、というのが記憶に新しいと思う。

自分にとって種市さんは、沖縄拳法の師の一人であり、主治医の一人であり、また家族にとっての恩人でもある方なのである。

初めて種市さんと会ったのは、4年前くらい。多分沖縄拳法初めて審査のときだったと記憶している。
初対面の印象は、「トガった人」…。(種市さん、すいません(T . T))

比較的、当時の沖拳会関東支部には、格闘家というよりも、温厚な雰囲気の方々多かったが、イカツイ打撃格闘家オーラが満ち溢れていた気がする。

後に種市さんの経歴を知って納得したのだが、武道家というより寧ろバリバリの格闘家だった↓ 以下概略

幼少時代より少林寺拳法を始め黒帯取得後、キックに転身(某有名ジムにて内弟子)。その後柔整師としてのキャリアを重ねながら、MMAも開始。修斗などで闘いつつ沖拳も修行。現在では療院を経営しながら、沖拳会横浜稽古会長として後進の指導にあたる。

以上

その後、セミナーや合同稽古で手合わせする際は、当初の印象とは打って変わって、親身に教えてくれるので、そのギャップを魅力に感じていた。

その後は、療院で治療を受けたり稽古を重ねたりする中、ついにスパーリングで手を合わせる時がやってきた。 自分(私)の空道の試合へ向けての練習にわざわざ横浜から近隣の道場まで来てくれたのだった。

初めてのスパーは空道ルールにて面あり。
初めての面有りスパーにも拘らず、頭突きに対し即座に対応、種市さんの頭突き反撃を喰らい、対応力の早さと闘争心に驚いた。

二度目は菊野主催のスパーリング会。この時はオーブンフィンガー着用によるMMA形式のスパー。開始早々のジャブの差し合いの展開から、あっと言う間に(沖縄拳法の)「手刀投げ」でテイクダウンされてしまった。

これまで色々な格闘家ともスパーしてきたが、この技術は競技格闘技の理解を超えるものであった。(詳細は沖縄拳法の秘伝なのでご説明できません)

巌流島でも、もしか膝怪我がなかったらクンタップにも。この技だテイクダウンを奪えたろうと想像する。
(巌流島での闘いについては、多くの方々が、ブログやSNSで語られてるので、ここでは触れません。)

また、格闘家や治療家としての顔以外にも、種市さんにはカウンセラー的な一面があり、私の息子のドロップアウトの危機も救ってくれたりした。
息子の場合(瞬間的ではあったものの)、凡そブログには書けないような大変なことがあり、色んな機関なカウンセラーに相談しても無理で手を持て余していたのだった。

そこに来て思う所あり、種市さんに引き合わせわたところ、諌める事も媚びる事もなく、一回の治療と会話により、それまでが嘘だったかのように普通になり、二度三度通う頃には、「学校辞めて種市さんの弟子になる!」と言うところまで回復?したのでかった。


ここでは書けないが、種市さんは物心着く頃に大変な苦労された経緯があり、その人生観から来るアドバイスが、息子のドロップアウトの危機を救ったのだった。

以上

書きたいことは沢山があるが、まとめると、
種市さんは素晴らしいドクターであり、空手家(格闘家)であり、心優し(偶に厳し)い兄弟子です。

長期の怪我に悩むアスリートや、打撃力を高めたい格闘家の方々は、是非とも種市さんのもとをお訪ね頂きたく思います。

種市さん、いつも本当にありがとうございます。 押忍

https://www.google.co.jp/search?q=%E3%82%AF%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%83%E3%83%97+%E7%A8%AE%E5%B8%82&client=safari&channel=iphone_bm&prmd=mniv&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ved=0ahUKEwichvfH4sPcAhXXad4KHeRkDtgQ_AUIEygD&biw=375&bih=553#imgrc=n3CImyTn6pXYmM&imgdii=FwDn8piXAdxouM

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YSS!

https://www.yokohama-frc.com/yss

前回までのブログで、試合や復帰の事はほぼ描き切った感があるが、ここで怪我から復帰に至るまで大変お世話になった、「Y S S」(横浜スポーツ接骨院の略)について書きたいと思う。

「Y S S」とは沖縄拳法の兄弟子でもあるDr種市さんが経営される療院である。

ここはアスリート向けの最新鋭の設備を備え、Drのスペシャル施術により、多くのトップアスリート(主に格闘家)の治療に貢献しており、現在トップ戦線で活躍中のプロ格闘家の多くが治療に訪れている。

またアスリートのみならず、一般の方の治療、女性の美容に至るまで幅広い層の信頼を集めており、その他特筆すべき事としては、関東で唯一、「麻痺改善促進法(脳梗塞などの後遺症による顔面麻痺などの改善)」を提供するスペシャルな療院である。

自分も患者として、また弟弟子として公私共にお世話になっており、特に2年前の骨折から復帰出来たのは、骨折直後の種市さんの治療がベストだったと言える。

一般的な整形外科では、絶対安静期間を経た後リハビリに向かうため、全治半年から一年かかると思われる。しかし種市さんは徹底した低周波&ラヂオ波治療〜補強トレーニングにより、一か月で普通に歩けるようになり、2ヶ月後にはほぼ完治に近い状態まで回復した。(そして骨折部に関しては全く後遺症はない。)

なので、これまで一般的な治療で回復しなかったアスリートの方には是非お勧めしたい療院です。

次回は院長であり、兄弟子の種市さんについて(ご本人の許可を得た上で)、その出会いと今に至るまでを書きたいと思う。

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直前の出張や接待も乗り切り、いよいよ迎えた試合。

まさか前日まで出張になるとは思わなかったが、寧ろそれが気分転換になったかも知れない。

会場である八王子からの道程までも、不思議とそんなに緊張する事なく、「やれる事は全てやった…」無心に近い状態だったと思う。

いよいよ会場に到着すると、古巣である行徳支部メンバーも多数おり、久々に声をかわすと良い意味で気持ちが上がってきた。

無事計量を済まし、トーナメント表を見てビックリ! 人数の関係で細かい階級分けがなされておらず、軽量級と重量級の二回級のみ。

特に重量級は上限がないので、ほぼ無差別に近い状態。トーナメント表を見て、何より気になったのは以下の3点。

1.身長18cm、体重94kgのロシア人の白帯選手のエントリー。

2.元ジュニアユース〜関東推薦のS選手の存在。

3.1回戦相手が早稲田の鈴木選手である事。

以上

1.について。
周囲情報で(世界最強)ロシア支部の元茶帯と言うことを知りビビるも、決勝まで上がってくる事を想定。かつて試合やスパーで闘った外人選手との対戦を思い出し、策を練る…。

以前、外人選手との対戦を思い出す。

そういえば以前戦闘竜選手とのスパー時に、顔面を貰いながらも三日月蹴りやボディはある程度効果的だったな…。しかし上背あるからパンチのカウンターでの蹴りは危険。
潜り混んでの沖拳のセイサンやナイハンチ突きで対応しよう。

ヤンソウクップ(元極真世界二位)と試合した時もインローは効かせられたな…。
突きが効かなければ、ガードを固めてインローを蹴りまくるか?…。

結果、色々妄想をするも、ロシア人選手が急遽欠場のため、実現せず終わってしまった。

2.について
恐らく今回の試合の位置付けからして、ジュニア上がりで全日本を狙う選手が多数エントリーしてくる事は想定内。 相手は北斗旗体力別において、軽重量級トップクラスの押木選手を延長判定まで持ち込んだ強豪と知り、またビビる。
19歳の若手ゆえ、43歳のオッさん選手にはきっと油断する筈…。その隙を突いてノーモーションの攻撃で仕掛けるか?…。とか色々考えたりした。

3.について
実は一番ナーバスになったのは鈴木選手との対戦。 早稲田と御茶ノ水は兄弟支部のような間柄であり、直前の選手稽古でも顔を合わせた中。 セコンド陣営も自分の癖を知り尽くしてるゆえ、AIのように分析されてるのでは?そして何より開き直って向かってくるフレッシュな勢いが恐い…。と不安が募った。


そしていよいよ迎えた一回戦。
予想通り、猛然と向かってくる鈴木選手。
ガッチリした体型から振り回してくるスイングは、「貰ったら効果を取られるな…」と思わせる迫力があった。 そして何より、目が完全に戦闘モードでイッてる感じ…。
普段は温厚そうならキャラの彼が、「先輩を喰ってやろう!」と意気込んで向かってくる姿に、「男子三日会わざれば刮目して見よ」と言う言葉が思い浮かび、ある意味感動していた。

カウンターパンチを貰わないようロー&バックステップ、更に追い込んで来たらカウンターの直突きを繰り返し、判定勝利。

(普段道場スパーでは狭い場所でスタートするので)久々の試合で相手が遠く感じて中々カウンターの距離が合わず、ポカミスを警戒し過ぎて消極的になったのが反省。

2年前の試合では初戦で大怪我を負って辞退したため、正直、無傷で勝ってホッとした。

そして二回戦までの間、セコンドの中村(竜太郎)さん、篠原さんと相手の対策を練りリハーサル。次の相手はサウスポーにて一回戦でシニアで優勝経験のある猛者を倒して勝ち上がってきたホープ。

セコンドの中村さんからは一回戦の慎重さを反省に、「二回戦はもっと攻めるべき!」の指示を頂き、サウスポー向けの攻撃パターンを中村さん自らに相手して頂いめ何度も反復…。
カウンターパンチに頼らず、右インロー、ミドル&ハイ、三日月蹴り…で攻めてプレッシャー。
そして構えをもっと柔軟に。マイケルページのイメージで動く。

この作戦が功を奏し、インローやミドルを多用する事により、打ち合い時に何度も右ストレートがヒット。相手側のセコンドが「右だけ気をつけろ!」と指示が飛んだが、その後も何度かヒットし、テイクダウンも二回奪って判定勝利。
一回戦より大分良かったが、それでもまだ「突きの距離感が合わず、打ち抜けない…」擬かしさが残った。

しかし二回戦後、アクシデントが勃発!なんと右脛の皮膚が割れて大流血…。
試合中は気付かなかったが、インローをカットされた時に割れたのだろう。幸い極真時代から貯金で脛が鍛えられたため、骨は大丈夫そうだった。

ただ、あまりの出血のためドクターに呼ばれ、「棄権するか否か?」を確認されたのだが、「ここまで来たら優勝しかない!」との思いで懇願…。「しっかりテーピングをし、もし再度試合中に出血が止まらくなったら終了…」前提に許可頂いた。

そしていよいよ迎えた決勝前。
対戦相手は当初か警戒して元ジュニアユースの斎藤選手…。アウトボクシングからのトリッキーな足技と、長身を活かした組み膝を得意とする選手。

一、二回戦で彼に敗戦した早稲田の選手たちが色々アドバイスをくれ、「彼らの仇を取らねば…」と気持ちが高ぶった。

とはいえスネの状態はヤバイので、クレバーに闘わないと途中でドクターストップとなるため、セコンド二人に相談。
蹴りや組み膝にに注意しつつも、攻め所を見て一気に飛び込んでの突きを叩き込む策で臨む事に決定。

二人を相手に入念にリハーサルを行ったのだが、この時は緊張や気負いは無く、「相手の顔面に右拳が吸い込まれるようにして、倒す」ことのみをイメージしていた。

そしてついに決勝開始!

アウトボクシングで中々攻めてこない事を予測し、(独断で)キックスタイルの構えに変更。

相手はテコンドー選手ばりの、鋭く高角度の後ろ回し蹴りやハイキックヒヤッとしたが、セコンドの「見えてる!」コールに安心。その後強烈な組み膝を貰うも、直前に篠原さんと練習したプレッシャーで対抗出来た。

そして、気付けば残り時間半分…。そこでついにセコンドから「神の手」コール!

この瞬間までの全ての想いを込めて、構えると、手かレーザービームが出るような感覚がした。

以前後輩の菊野克紀が同様の事を言っていて、その時はあまりにスピリチュアルな感じに「大丈夫か?」と思ったが、まさしくそれを身を以て経験した。

そして、プレッシャーに反応して、どんどん下がる相手(今思えばバックステップかもしれませんが…」。

今だ!」と思った瞬間、右拳が吸い込まれるようにヒット! この時ばかりは手答えを感じましたが、そのまま突きの勢いに体が引っ張られる感じになり、クリンチとなり場外。

旗は上がるか?と思いましたが、縺れて首相撲的な展開にされたため、場内に戻り再開。

その後しばらく交錯しなこまら右を狙うも、クリーンヒット無し。

ラスト十数秒…「このまま延長になれば負ける…」と思い、左ボディから右を被せようとした刹那。

自分の沈み込む動きに合わせた、相手のカウンターの右ハイキックが巻き付くようにヒットしてダウン。

そんな効いた感じは無く、意識ははっきりありましたが、「終わってしまった…」という想いで、茫然とし、暫く立ち上がれなかった。

思い返せば、極真〜キック〜空道も含めて、試合でハイキックでダウンしたのは過去1回だけ…。大学2年生時に出場した1996年全中国ウエイト大会に於いて、有永浩太郎選手(極真全日本ウエイト制軽量級二位)に一本負けして以来…
(その時は本当に効いて一瞬意識を失い、気がついたら床に叩きつけられて意識が戻り、その後CTスキャンを撮りに行った記憶があります。)

話は試合の話に戻るが、ダウンした瞬間。会場が大変沸いて、映画のワンシーンのようなシーンだっという。(立ち上がって、「エイドリアーン!」叫んで欲しかったとの意見も有り笑)

その時は悔しいというより、試合後約1ヶ月たった今も言葉に上手く表せない「ゲームセット感…」

ダウンシーンを客観的に分析すれば、ガードが甘かったとか、最後攻めに行くべきではなかったか?とかいう意見もあろうかと思うが、そんなシチュエーションも何度も練習した結果の事象なので後悔は無い。
完敗です。

以上

思いを書き溜めた大変な長文となってしまったが、今回の試合により2年間失っていた「自信」を取り戻すことが出来た事が一番の成果。(ここでいう「自信」の意味の定義は曖昧であり、「男」としての本能的なものです)

自分より年上で大会で活躍している猛者の方々は方は大道塾には沢山いらっしゃるので、こんな内容をブログに記載するのは甚だお恥ずかしい気持ちで一杯ですが、いつか自分がもしか自信を喪失する場面に遭遇した時、この時の気持ちを思い出して奮起したいと思います。


改めてまして、今回の試合出場に当たってお世話になった皆様、そしてセコンドの中村さんと篠原さん、本当にありがとうございました。この場を借りて御礼申し上げます。押忍

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