出産日記

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]

出産 その後

出産が無事すみ、胎盤などの処理が行われ、会陰が縫われた。
麻酔を打ってもらってはいるが、チクチク、ヅキヅキと痛みがやって来る。
「2回切ったからね。しっかり縫っておくよ。ちょっと痛むけど我慢してね。」
と先生から声が掛かる。
ある意味、お産よりこの痛みの方が辛いな、、、と思ったりする。

その後、私は陣痛室で2時間ほど休息することになった。
助産師さんが私の体を拭いてくれ、車椅子で陣痛室のベッドまで連れて行ってくれた。
「本当にお疲れ様でした。○○さんは静かに痛みに耐えておられたので
 まさかあんなに早く子宮口が全開しているとは思いませんでした。
 とても早い出産でしたね。出産を終えてみて、どうでしたか?」と聞かれた。
「すごく痛くて大変だったけど、でも思っているより軽かった気がします。
 もう二人目産めます。*^-^*」と答えたら、助産師さんはさすがに笑っていた。

ちなみに隣のベッドでは、ポーランドの彼女がまだまだすさまじい勢いで叫んでいた。。。
すぐに面会に来てくれた義父母もあまりの彼女のすさまじさに
「外国の方は、リアクションが激しいね・・・。^_^;」と驚いている。
旦那さんは、荷物を病室へ運んだり、飲み物をかって来てくれたりしてくれ
その後、私の横の椅子に座り、付き添ってくれた。

立会い出産を終え、旦那さんの私に対する見方は変化したのだろうか??と思い
「立会い出産してみて、どうだった?」と聞いてみた。
よく「立ち会ってみて、その後奥さんを女として見れない」という話を聞いていたので
どう答えてくれるだろうかと戦々恐々だったが、彼の答えは私の予想とは反するものだった。
「女性はすごいな、と思った。君には勝てません。尊敬します。」
「赤ちゃんが産まれてくる瞬間を見ると、絶対に殺人なんてしようとは思わへんな。感動した・・・。」

「血なまぐさ」や「すさまじさ」「女性として見れない」
といったイメージではなく、そういう風に感じてくれていたのか。
そう思うととてもほっとして、ああこの人と結婚してよかったな、と思えた。

が、その後
「切る時、牛乳瓶くらいの麻酔の注射を2本してたで」とか
「切る時のハサミがすさまじく大きかった」とか
「縫うときの糸が黄色くて、釣り糸みたいに太かった」とか
おどかすような発言を連発する彼。。。
コイツ、、、実は極悪なヤツだったのか?!( ̄∇ ̄;とアングリ・・・。
私はこういう話が平気だからいいけど、キライな奥さんだったら出産後大喧嘩かもよ!?
 
検診を終え、白い産着に包まれた赤ちゃんが、私の横に寝かされた。
小さくて温かくて可愛い、、、。小さな寝息でスヤスヤと寝ている。この子が私のお腹にいたのか。
私は、改めて赤ちゃんが無事産まれてきてくれたことを感謝した。

我が家へようこそ、赤ちゃん♪あなたをずっと待っていました*^-^*

分娩、出産

車椅子に乗り、分娩室に入る。そこはとてもヒヤッとする部屋だった。
いきみたくなる強い痛みの波の合間に、分娩台に登る。
これが結構大変で「こんなに苦しくってしんどいのに、自分で台に乗るの?!」とクラクラする。
分娩台に乗って準備が整うと、旦那さんがやって来て私の横に立ち
汗を拭いたり、飲み物を飲ませてくれたりして、立会いの準備も完了。

いきむ波が来るまではひたすら深呼吸をしてリラックスし、波を待つ。
波の間隔は1分弱。波がやってくると、腹部に激痛が走る。
その瞬間に深呼吸し、腹部に力を入れ、一回いきみすぐ息を吐き、息継ぎをしてもう一回いきむ。
目をつぶらない方が痛みを感じにくくていい、と雑誌などで言われていたけれど
私は目をつぶった方が、イメージが湧いていきみやすかった。
目をつぶり、ひたすら赤ちゃんが無事出てくる場面をイメージする。
両手で掴んでいるバーを握り締め、血管が切れそうなくらい思い切りいきむ。
#あまりにも力を入れてバーを握り締めたから、翌日からしばらく私の両腕は筋肉痛になった。
20回位いきんだ頃だろうか、頭が見え出したようだ。

「頭が見えてきましたよ〜。もう少しですよ。」と助産師さんに励ましてもらう。
助産師さんの助手?の人が、産科の先生を内線で呼び出している。
また何回かいきんでいると先生が現れた。「もう、頭見えてるね。」
その後頑張っていきむが、なかなか頭が出てこない。。。
もうゴールがそこに見えているのに、実はまだ2・3キロ離れているかのようだ・・・。
赤ちゃんに酸素が届くように、私に酸素マスクがつけられる。
先生に「赤ちゃんの頭が大きいみたいだから、会陰を切開するよ」と言われる。
私は、声を出す気力もなく、うん、とうなずく。
分娩前は、会陰切開が怖かったが、実際はお産の痛さにそれどころではない。

麻酔を打たれ会陰を切っていきむが、やっぱり頭が出てこない。
そのうち赤ちゃんの心拍が落ちてくる。酸素マスクの濃度があげられる。
「このままやと赤ちゃんが心配やから、吸引します。」と先生が決断する。
すぐに吸引分娩の用意がされ、赤ちゃんの頭に大きい吸盤のようなものを当てられたようだった。
いきみと同時に吸引される。
1回目、失敗。2回目、失敗・・・。まだ赤ちゃんの頭が大きいらしい。。。
「お母さん、赤ちゃんの頭が大きいから、会陰をもうちょっと切るね。」
私は再び、うん、とうなずく。ここまできたら背に腹はかえられない。
「赤ちゃんが無事に産まれるのなら、どこでもジャンジャン切ってください」という気持ちだった。

会陰に二度目の切開が入る。
いきみと同時に、吸引される。
焼けつくような強烈な痛みがやって来る。
この時、私は無意識にスゴイ声で唸っていた。

赤ちゃんの頭が出てきた!
まだいきもうとする私に、先生や助産師さん、旦那さんから
「もういきまなくていい!短い呼吸で!!」と声がかかる。
「ハッハッハッハ」短い呼吸をしていると、するりと赤ちゃんが出てきて
「アヒャア、アヒャア・・・」とかわいい産声をあげた。
彼女の産声を聞いたとたん、私は号泣してしまっていた・・・。

私のお腹にいてくれた赤ちゃん。。。赤ちゃんが無事生まれてきてくれた。
「赤ちゃん、赤ちゃん、、、。」朦朧とする意識の中私は何度も何度も呟いていたらしい。
よく頑張ったね、偉かったね・・・。涙が溢れて、とまらない。

出産の痛みも忘れ、私は赤ちゃんを見つめていた。
赤ちゃんは私の頭の上の方で診察され、その後私の胸の上に乗せられる。
温かくてちいさくて赤くて、、、。
ひたすら、生まれて来てくれたことが嬉しく
「よく頑張ったね。生まれてきてくれてありがとう・・・。」と赤ちゃんに声をかける。
旦那さんが、「よく頑張ったね。お疲れ様。ありがとう。」と私と赤ちゃんに声をかけてくれた。

無事出産が終わった。。。
吸引分娩ではあったけれど、陣痛・分娩時間:3時間22分の安産だった。

陣痛室に移り、ベッドに寝て何回か陣痛の波に耐えていると、旦那さんがやって来た。

すぐに背中をさすってもらう。助産師さんは温かいタオルを持って来てくれた。
旦那さんは、私のお産の進行の早さに少し驚いているようだった。
持って来てくれたスティックウォークマンを私の耳につけてくれる。
どんな癒しの曲が流れるのかかしら。苦しむ私を癒しておくれ〜
と思いながら聴いていると、流れてきた曲は「ヴェートーベンの運命」だった・・・。
『ジャジャジャジャーン』・・・「陣痛に苦しんでる時に、この選曲はありえんやろっ」
すぐさま旦那さんに突っ込みを入れたかったけど、そんな余裕は全くなく
痛みに苦しみながら、ひたすら「運命」を聴くはめに・・・。

そんな私のベッドの横には、何と外国の方が先に陣痛に耐えていた。
こんな経験は多分二度とないだろうな、と思いつつ、私は自分のことで精一杯。
この方はポーランド人の方で、その叫び声ったら本当にすさまじく・・・。
「Jesus!!」
「I can't!!!」
「Oh!No!!!!!」
と連呼し、怒涛のように叫びまくっている・・・。
横で同じく陣痛に苦しんでいる私でも
「おいおい、いくら何でもその叫び声はオーバーやろ!」と言いたくなってくる。
#後日、彼女と一緒に入院生活を送るが
#彼女の産んだ赤ちゃんの頭はうちの赤ちゃんの2/3くらいで、鼻の高さは2倍はあった。
#あんなに小さい頭なのに、彼女の叫び声は私の10倍のボリュームがあっただろう・・・。
#ポーランドの彼女の後に出産した人とも入院中この話題で盛り上がった。
#「あの叫び声は、ありえないよね〜( ̄∇ ̄; さすが海外の人は違うわ。」と。
#ある意味、彼女の出産を間近に体験できたのは貴重かもしれないな、と思う。

突然、私の陣痛がトイレに行きたくなるような痛みに変わっていった。
それまでの腰痛から腹痛に切り替わり、腹筋を思い切り使いたい、そんな感覚になる。
「トイレがしたい。トイレに行きたい〜!!」そう私は呟き
呼び鈴を鳴らし助産師さんを呼ぶが、隣のポーランドの彼女の叫び声もあって気付いてもらえない・・・。
今度はナースコールを押してみた。しばらく待ったが時間がかかるようなので
旦那さんに助産師さんを呼んできてもらうように頼む。
旦那さんが助産師さんを連れてきてくれたので
私は「あの、、トイレに、お通じを出したいんですがまだ大丈夫ですか?」と聞いてみる。
「多分まだ大丈夫だと思いますが、子宮口の様子を診察してみましょう。」と言われ
旦那さんに外にでてもらって診察をしてもらう。
少しの時間だが、旦那さんに腰をさすってもらえないのが辛い。。。

診察し、助産師さんは「○○さん、、、」とちょっと驚いて、そして微笑んで私を見た。
何だろう?!とちょっとビックリして助産師さんを見つめ返すと
「子宮口、全開してます。トイレに行きたいというのはいきみたいってことですね。」と言われた。
なんとまぁ、いつの間に・・・。(@_@)自分でもあまりのスピーディーさに驚いてしまう。
「試しにいきんでみて下さい」と言われ、いきんでみる。
「上手にいきめてますよ。^−^ 今度は2回連続でいきんでみて下さい」
言われるとおりにいきんでみる。「そうです、その調子です」
「じゃあ、旦那さんを呼んできますから、分娩室へ移動しましょう」

陣痛時間、3時間弱。私は、12時前に分娩室に入る事になった。

陣痛室から、産科の一般病棟の4人相部屋へ移る。
私の入った部屋は、私以外はすでに出産した人がいるようだった。
助産師さんから
「病室は相部屋で部屋での面会はできないので、ご主人は一旦家に帰られてはどうですか?」と言われ
旦那さんも「仕事がたまってるから、それを済ませて来るよ」と一旦帰宅することになった。
そばにいてもらえないのか、、、と不安を感じるが、仕方ないので帰宅してもらう。

8時ちょうどに、朝ご飯が運ばれてくる。
陣痛は定期的にやってくるけど、私は元気で食欲は旺盛。
食べる気満々でご飯の蓋を開けてみると、手術前後食の「おかゆ」で少しガックリくる。
朝ご飯のメニューは、「おかゆ・でんぶふりかけ・お味噌汁・牛乳」だった。
陣痛の合間に、全部ペロリと完食。

食後、9時頃から陣痛がだんだんと強くなっていく。
この時、陣痛の間隔は10分を切っていた。
それまではうめき声もあげずに深々と耐えてこられたが、もうそんなことを言ってられる状態ではない。
お守り代わりにずっと持っていたミントンのハンドタオルを噛み締め息をこらし
ベッドの横にある整理棚についているタオル掛けをひっぱって、陣痛を逃す。
波が来るたび、腰からお尻に掛けて強烈な痛みがやってきて、思わず小さく呻いてしまう。
この頃から、陣痛は脊髄を金槌でガンガンと直接殴られているような痛みになってきた。

9時半過ぎ、私の苦しそうな様子を察してか、隣のベッドの方が心配そうに私のベッドを覗いてくれた。
「私、今日退院するんです。もうすることないから、背中さすりますね。」と言って
私のベッドの横に座り、背中をさすってくれる。温かい手でさすってもらい、痛みが和らぐ。
「すみません。ありがとうございます・・・。」と言うと
「いいんですよ〜。出産は大変だけど本当に感動的です。頑張ってくださいね。」と
ご自身の出産話をしてくれた。
この方は、実は元看護士さんだったらしい。先日無事男のお子さんを出産されたそうだ。
この話を聞いて、私はブログお友達の○○○○さんを思い出し
二人をシンクロさせて話を聞いていた。
「破水からだから、きっとお産の進みも早いと思いますよ。
 しんどかったら、声を出していいんですよ。我慢しなくてもいいですよ。」と声を掛けてくれる。
時計を見ると、10時を過ぎている。
この時の陣痛の間隔は5分。5分の間に小さい波もやって来ている。
あまりに苦しそうな私を見て、彼女は「すぐに旦那さんに連絡した方がいいかも。」と言ってくれた。
携帯をこの場で使うのを躊躇していると「一大時だから、いいと思いますよ。」と後押ししてくれる。
私はベッドに横たわったまま、携帯で旦那さんに連絡。
「間隔が5分になって間に小さい波もある。今は同室の人に背中をさすってもらってるんだ。
 すぐ病院に来てほしいんだけど。」と言うと、すぐに家を出て病院に来てくれることになった。
ずっと付き添ってくれていた彼女が退院診断で呼ばれたので
今度は向かいのベッドの方が、私の背中をさすってくれる。
ああ、さすってもらうだけでこんなに楽になるんだな・・・。
陣痛で苦しみながら、私は親切な同室の方に恵まれたことを本当にありがたく感じた。

回診に来た先生が陣痛に苦しむ私の様子を見て、何事だと言った感じで少し驚いている。
陣痛室でなく、一般の病室で陣痛に苦しんでいる妊婦は少ないのだろうか??
陣痛の痛みは徐々に強さを増してくる。
私はあと何回、この痛みの波をこなさないといけないんだろう・・・。
世のお母さん誰もが通ってきた道なのだけど、少しの不安が私の頭をよぎる。
先の見えないゴールに向かって走るのは、けっこう辛い。。。

助産師さんから「痛みも強くなってきたようなので陣痛室に移りましょう。」と言われる。
この時、時間は10時半。私は再び陣痛室へと移った。

病院で診断、陣痛室へ

病院に到着して、夜間救急入り口から中に入った。
受付で名前を言うと、連絡がいっていたようですぐに通され
車椅子を持ってきた看護士さんに「○○さん、これに乗ってください」と声をかけられる。

2分ほどで、産科病棟に到着。
今度は私のカルテを持った助産師さんが出迎えてくれた。
生年月日や家族構成、今の状態等を問診され、診察を受ける。
内診台に乗った瞬間、また水がもれた。今度は自分でも明らかに破水だ、と気付く量だった。
「破水してるね。このまま入院して陣痛が来るのを待ちましょう。」とすぐに診断される。
その場で、入院着に着替え、旦那さんが呼ばれる。衣服を膝の上に乗せ、車椅子で陣痛室へ移動した。
この時、時計は5時過ぎ。

私は、陣痛室はベンチが並んでいるだけのスペースだと思い込んでいたけど
ベッドが沢山並んでいて、普通の病室と変わらない感じだった。
トイレをすませ、そのベッドに寝てすぐにノンストレステストをしてもらう。
左手には、点滴が打たれていた。
前日、先生から言われた「細菌に赤ちゃんが感染しないように」と打たれた抗生物質だった。

この頃、私の陣痛の間隔は13分に一回くらいのペースになっていた。
だんだんと痛みが重くなっていく。
特に腰に強い痛みを感じるようになり、思わず旦那さんの膝小僧をガッシリ握り締めてしまう。
すると、旦那さんから「痛い〜(^_^;) 掴むなら手か腕ぐらいにして」と言われた。
「ハハハ( ̄∇ ̄;ごめん〜。」と笑いながら
「いつ産まれるかな、、、。日曜までには出てきてほしいね。」という会話を交わす。
旦那さんは、私に痛みが襲ってくると背中をさすってくれる。
そばにいてくれるという安心感もあり、私にはまだ余裕があった。
そのうち私のお腹がグ〜〜〜となり出した。
"そう言えば、きのうの夜は炭水化物を摂ってなかったな"と思い
REGA(レガ)というチョコレート菓子を、お菓子セットから取ってもらう。
私は、陣痛の時のために"陣痛乗り切りお菓子福袋セット"を自分で用意していた。
これまでの食事制限のストレスを一気に解消すべく、陣痛の合間にREGAを一箱を完食。

40分ほどでノンストレステストと点滴が終了。
その後度々様子を見に来てくれる助産師さんに「陣痛の間隔はどうですか?」と聞かれ
「大体13分くらいに1度波が来ます。」と答えた。
この時の陣痛は、まだ弱い感じがして
このままだと出産まで一日は掛かるだろうなぁ、、、と漠然と思っていた。
私は、42キロを走るマラソンのスタート地点に立ったばかりなんだろうなぁ、と
まだまだ先の見えないゴールに向かって走る初マラソンに挑むランナーのような気持ちになった。
助産師さんも「初妊婦で、まだしばらくはかかるだろう」という判断で
私は、産科の一般病棟に移る事になった。この時、時計は7時45分をさしていた。

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]


.
かずかず
かずかず
女性 / AB型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事