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2004年に入って、、、 今まで常に一緒に寝起きしてきたのに、春を過ぎた頃から彼女は一人で寝起きするようになりました。 4月過ぎくらいからは、朝は誰よりも早起きして(毎日4時起きくらい) 「ニャンニャン」と、朝ごはんをせがむようになりました。 ここ5年ほど、そんなにごはんをせがんだことがなかっただけに嬉しい戸惑いでしたが いざごはんをあげてみると、たった一口食べて「プイッ」とそっぽを向いてしまいます。 私が手を差し伸べて、口元にごはんを持っていってやると、なんとか5口ほどは食べてくれます。 なので、食事は一日5回くらいを目処に、チビの食欲を満たすようにあげるようにしました。 食欲(気持ち)だけは旺盛で、毎日毎日たたき起こされては、ごはんをやり 「プイッ」とされる日々が続きました。 そして、5月半ばの頃、ごはんを食べながら、なんだか口の中が気になる様子。 病院で診てもらったら、舌の裏に小指先くらいの大きさの白い腫瘍が発見されました。 喉の奥にも、白いいぼ状の腫瘍が出来ていました。 腫瘍は、実際に手術をして切開してみないと、何かわからない。。。 手術するには大量の麻酔をかけなければならず、体力的にチビが耐えてくれるかもわからない。 でも、腫瘍が悪性の場合(ガン)の場合は余命2ヶ月というところだとのこと。 私と旦那さんは、すごく迷いました。 このまま腫瘍が大きくなっていくのを見ながら、今まで通り、過ごさせてやるのがいいのか。 腫瘍が悪性の可能性もあるのだから、取り除いてやるべきか。 今までのチビをずっと見てきた私は彼女の生命力(生きようとする力)を信じ 手術することに踏み切り、旦那さんも同意してくれました。 6月20日手術は無事終了し、腫瘍は取り除かれました。 腫瘍は、カルシウム凝固したもの、とのことだったのですが、ちゃんとした病理検査をした方がいい、とのこと。 大学病院へ輸送して検査してもらうことになりました。 (費用は、別途1万円程度) 結果、カルシウム片は、腎不全が原因で沈着したものでした。 腎臓の機能が、どんどん落ちていっているとのこと。 チビは再び食道チューブを取り付けられて、我が家へ帰ってきました。 舌は、1/4程度切除され、見ているのが辛い・・・。 でも、腫瘍を切除せずに余命を待つのは嫌だったから これでよかったのだ、となんとか自分を納得させる。 チビは無事に戻ってきてくれたし、 また回復してくれるよね。。。よく頑張ったね。 一時期は、自分で少しだけどごはんを食べるまでに回復。 毛づくろいもするようになった。すっかり安心していた矢先。。。 チビは、7月9日(金)くらいから、なんだかフラフラとふらつくようになりました。 トイレもここしばらく的をはずしたことなんてなかったのに (チビは、ペットシーツのトイレを使っていました) 毎日、20センチくらい外れたところでシーシーするのです。 「??チビ?、どしたの??そんなこと今までなかったのに・・・。」 そんな毎日で、食欲もないし、かわいい声も出てない。。。 術後の日達がわるいのかな?? その頃からチビは、すぐ地べたにベターっと寝るようになりました。 それも今まではなかった事です。 いつも、「凛」として、我が家のわがまま女王様だったのに・・・。 やっぱり調子が悪いんだろうな。しんどいねぇ。チビタン。。。 その次の日、7月10日(土)病院へ。 血液検査の結果、BUNとクレアチニンの値が少し上がっているが それより心配なのは、白血球の値が3倍近くになっているとのこと。 ふらつきは、点滴による貧血状態からかもしれない。 しばらく、週1回だったエスポ注射も週2回に切り替えましょう、とのこと。 エスポを打ってもらって、新しい抗生剤を処方してもらい、その日は帰りました。 次の週に入って。。。 「チビ〜?どこに居るの??」 いつもの場所にチビがいないので、家中を探し回ることに。。。 チビは、玄関の下駄箱の下、大理石の上でべったりと寝ていました。 「暑いから、涼しい床の上がいいんだね。今日からそこがチビタンのベッドだね。。。」 7月14日(水) エスポの注射に病院へ。 籠に、ペットシーツを敷いていくのですが、籠にチビを入れたとたん、失禁。 「・・・チビタン?どしたの??恐くてシーシーすることはあっても 失禁することなかったのにね。・・・歳なのかな。」 確実に衰えているチビを見て、私は直感的にこの夏は、乗り越えられないかも、、、と覚悟しました。 その日は、増血シロップを処方してもらい、帰宅。 7月15日(木) 運命の日 朝、ごはんを食道チューブからあげる。 今日は吐かない。よかった。 点滴もいつものように250ml入れてやる。 あまり、嫌がらない。いつもすごく嫌がるのに、最近おとなしいね、チビタン。 午前、いつものように大理石の上でねんねしている。 近所に住んでいるお義母さんがチビのことを心配してナデナデしに来てくれる。 義母は「目がとても澄んでるね」と言ってくれる。 「頑張れってお祈りしてるよ」チビのおなかに手を置いて祈ってくれた。 午後3時頃、息が荒い。 口を少し開けて、肩で息をしている感じ。 ??暑いからかなとエアコンを入れ、玄関に冷気が行くように。 5時半、いつもより早く旦那さんが帰宅。 (仕事を持ち帰って家で処理するつもりだったらしい) チビの様子にいつもと違うものを感じ、すぐ病院に連れて行くことを決意。 いつもの病院は、木曜は午後休診で担当の医院長先生もいない、とのこと。 近所の病院を考えたが、やはりいつもの病院で緊急に見てもらうことに。 病院に連れて行く間、チビの息がだんだんと荒くなる。とてもしんどそうだ。 体の向きを変えては、口を大きく開けてハァハァ息をしている。 ヨダレが出ている。酸素が足りてないのかな。籠から出して、抱きしめてやる。 いつもならマッタリ顔になるのに、顔が引きつり、苦しそう・・・。 ハァハァという口からの呼吸が激しい。 「チビ、よく頑張ったね。もう病院だからね。」 病院へ到着。 今すぐレントゲンをとるのも、かなり危険だからと救急治療室(酸素ボックスといわれる箱に)へ。 呼吸が落ち着いたころ、レントゲン撮影。 レントゲンを見たら、チビの肺が真っ白。 「肺に水がたまり、肺炎を起こしています」 肺には、体で処理できなかった水分がいっぱい溜まっている。 肺水腫らしい。しんどかったのは、このせいだったんだね。気付いてあげられなくてごめんね・・・。 「今日は入院させて、肺から水を取り除き利尿剤を投入して 様子を見る方が家に連れて帰られるより メリットが大きいです」といわれる。 確かに自宅へつれて帰っても、酸素を吸入してあげられないし 緊急の時、すぐに対応できないというデメリットが。 でも、チビは本当は病院が大嫌い。。。 いいのかな?つれて帰って、家で一緒にいた方がいい?? すぐに様態が悪くなる可能性もあるが、でも入院して、まだしてあげられることが 沢山あると思います、と先生に言われ、悩んだ末、とりあえず入院して先生にまかせることに。 それから、30分後。 帰宅途中の車内で、私の携帯が鳴る。。。 ・・・嫌な予感。病院からの着信。。電話に出る。 「チビちゃんの様態が急変しました。すぐきてください!」 すぐにUターンし、病院へ。病院へ向かう車内の中。 旦那さんがポロポロ涙を流している。二人とも涙が止まらない。 「チビは頑張ったよね。してあげられることはしたよね」 万が一の時の覚悟は、去年の時点で出来ているはず・・・。 「会ったら、よく頑張ったねって誉めてあげようね」二人で話す。 病院へ到着。 チビは、蘇生処置を受けている。 その時点で、自立呼吸し心臓も自発的に動いている。 チビタン!!声をかける。もう意識がない・・・。 意識がないのに、チビは一生懸命頑張っている。 チビを撫でてあげる。瞳孔が開いている・・・。 「よく頑張ったね。えらいね。しんどかったね。」 旦那さんと二人で、チビに声をかける。 その5分後、心肺停止。 心臓マッサージと注射で、もう一度蘇生するが自己呼吸は出来ない。 心臓も惰性で動いている、とのこと。すぐにもとまりそう。 先生が心臓マッサージを続ける。 旦那さんも私ももうボロボロと泣き出してしまう。 チビは、マッサージで体が揺れ動いていて、反応はないけど辛そうに見える。 旦那さんが「もうかわいそうだから、そっとしてあげよう」と泣きながら言う。 「・・・厳しいですね・・・。」先生が言う。涙が止まらない。 先生が「機械を取り除いて、楽にして、綺麗にしてあげますね・・・」 二人、泣きながら「お願いします。」という。 8時半過ぎだったと思う。 私たちが到着するまで、頑張ってくれたチビタン。 チビタン、よく頑張ったね。しんどかったのに、最期までよく頑張ったね。 本当にありがとう。。。 食道チューブや器官チューブをとってもらって、きれいに体をふいてもらったチビタン。 毛並みがとてもきれいで、安らかな顔をしている。 今にも「ニャー」って起きて、スリスリしてきそうなかわいいお顔のチビタン。 おうちに一緒に帰ろうね。 家に帰って。。。 チビタンには、鈴のついた首輪をしてたんだけど 旦那さんが「今、鈴の音が聞こえた」とつぶやいた。チビの泣き声も聞こえるって。。。 ・・・きっとチビがそばに来てくれてるんだね。 二人でメソメソしてるから、心配してくれてるんだね。 私は、涙のスイッチが故障してて、急に号泣したり でも旦那さんには「あんまり泣いてちゃ、チビが心配するよ」って言ってみたり。 そのくせ、一人でお風呂に入ったとたん号泣。 いつもチビが、お風呂前のマットの上で姉ちゃんが出てくるのを待って 足をペロペロしてくれてたのを思い出す。また涙が止まらない。 チビは、こんなんじゃ心配で安心して天国へいけないね。 姉ちゃんが、泣いてばかりじゃダメだね。 私の両親は、私が高校1年と27歳の時に亡くなりました。 悲しみに暮れて、自暴自棄になっていたとき チビが私の膝の上に座り、私のことをペロペロしてくれました。 「元気出してよ、姉ちゃん。。。」って、私を励ましてくれました。 チビがいてくれたから、私は元気になったし、今結婚して幸せになれた気がするのです。 私にとっては、彼女は同士でした。そして、本当に大切な大切な家族でした。 今チビは、横で安らかに眠っています。とってもかわいい顔です。 悲しくて悲しくて辛いけど、でもあまり苦しまずに天国にいけて これでよかったのかな、とも思います。 チビはずっと私たちの心の中に生き続けるから。 チビが安らかに眠りにつくことを祈りながら。。。 #この闘病記は、チビが虹の橋にいった次の日に書き上げました。
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ネコ
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チビは、私が高校1年の5月に家族の一員になりました。 |
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今日は、我が家の先代ネコ チビの命日です。 |
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我が家の長女、三毛のミイちゃんです。 |
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最近すっかりご無沙汰なミイちゃんです。 |


