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BNR34のある生活
多忙につき、週末限定で更新中(苦笑)

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鯛の鼻炭鉱

さぁ、今年一発目の史跡巡りの時間です(←毎年、この文から始まるのね)

冬も本番。冬と言えば、誰でも廃虚巡りをやるよね♪(←だから、オノレだけだって)

藪が少なくなる冬は、史跡巡りにはピッタリの時期なのですヨ。



さて、記念すべき2010年最初の物件は、長崎県松浦市福島町で静かに時を刻んでいます。

1年半前、同じく福島町の「徳義炭鉱」を紹介しました。

その時の記事はコチラ →  http://blogs.yahoo.co.jp/kazu7046/43319210.html

福島町には他にも炭鉱があって、今回はその中で遺物が多く残っている「鯛の鼻炭鉱」を

見に行きましょう。

高速を突っ走り、伊万里大橋を渡って、地元大村市から1時間ちょっとで到着。


イメージ 1



福島町の北に位置する「鯛の鼻炭鉱跡」です。

海の向こうには、「鷹島大橋」がクッキリと見える。写真じゃ微かにしか写ってないけど(苦笑)

眼下に広がる荒地が炭鉱跡です。

見難いですが、写真の一番左手に白い建物が写っています。

ブロガーの真之介さんが、言っていた診療所跡のようですね。

そして、写真中央には白い軽トラが写っています。他に肉眼では人影がチラホラと見えるので

どうやら、真之介さんの情報どおり、産廃処理場になっているのは本当のようです(汗)



さて、立入り禁止となっている可能性が高いですが、ネットで検索すると見学は可能との

情報を入手していたので、ダメもとで近くまで行って見ましょう。

「鯛の鼻入口」のバス停から、海の方へ行く細い脇道に入り海を目指す。

・・・が、


イメージ 2



いきなりコレです(苦笑)

大きなバリケードがしてあり、バイクでも進入は不可。

しかし、産廃処理場の看板は無く、進入禁止の看板は市長の名前。

しかも「車両進入禁止」なので、人は入って良いのかな?

実際にバリケードの横はガラ開きで、徒歩で普通に入れます。

バリケードからは、目前に遺構が見える・・・。


イメージ 3



手前に炭住跡らしき遺構と、向こう側に見える長屋風の大きな木造の建物は診療所跡か・・・。

しばらくバリケードの前で、人が来ないか待ってみる。

なんとか関係者の方に入って良いか聞きたいのだけど・・・。

10分程待ちましたが、誰も通らない。

仕方ないので諦めて、別ルートから遺構を見る事にします。



GPSを駆使して、ちょっと藪を掻き分けて、ココに出ました。


イメージ 4



海岸です(笑)

脇道を探索していたら、ちょうど釣り客が通っている小道を発見。

そこから海へ下りて見ました。

写真には写っていないけど、左側には大きなボタ山があるんですよ。

今では木が茂り、普通の山にしか見えないけど(苦笑)

しかし、足元を見ると、


イメージ 5



ボタ山から崩れ出した「石炭」が海岸一面に広がり真っ黒ですよ。

紛れも無く、ココは鯛の鼻炭鉱で間違いないですね。



しばらく海岸線を歩いていると、


イメージ 6



ホンダ製のかなり古い原チャリを発見(笑)

不法投棄でしょうか・・・。

そばにはレールが転がっていました。これは当時の遺物かな?



さて、いよいよ炭鉱跡に到着です。


イメージ 7



当時の防波堤と、向こうには石炭積み出し用の桟橋の跡が見える。

そして、少し見上げると


イメージ 8



診療所跡と思われる遺構。

一部朽ちていますが、原型を留めています。

ちなみに、グーグルマップの衛星写真では、L字型の建物に見えますが、

どうやら2棟並んで建っているようですね。

ちなみに国土地理院が公開している1977年頃の空中写真を見てみると、

この建物が他の炭鉱施設と一緒に写っているので、当時の建物と見てまず間違いないでしょう。

1970年当時の空中写真を見ても、とにかく大きなボタ山が印象的。

今は緑に埋まり、見る影はないけど(笑)



さて、この診療所跡の近辺では、人の気配がしたので見学は諦めました(怖かったんだもん)

しかし、他の遺構は見学できました。


イメージ 9



これは石炭を貯留するホッパーでしょうか?

さらにその下から、海に向かって伸びるコンクリート建造物。


イメージ 10



ベルトコンベアーが乗っていた可能性がありますね。

それにしても、かなり大きな炭鉱だったようで、どれも遺構は巨大。

高さは10メートル近くあるように見えます。

しばらくブラブラと見て周りましたが、


イメージ 11



こんな感じで、もう古代文明のようになっていました。

ちなみに、この遺構は高さが確実に10メートル以上ありました(汗)



さて、鯛の鼻炭鉱の詳細ですが、実は資料が極端に少なく採炭していた時期は不明。

しかし1950年頃と1977年の空中写真を見ると、1950年頃にはボタ山が写っていないので

この間に採炭していたようですね。

意外と採炭していた時期は短いようです・・・あくまで私の個人的な分析ですが。

どうも不明な部分が多い「鯛の鼻炭鉱」

今度近くを通る際は、福島町の歴史民俗資料館を訪ねようと考えています。



この史跡は一応見学が出来るとの情報もありますが、見学の際は自己責任で願い致します。

ちなみに海岸の状況から、釣り客は来ているようです(笑)

  • 顔アイコン

    鯛の鼻炭鉱、今村昌平監督の@にあんちゃん」のロケ地に
    なった炭鉱ですね
    コレを知ってから、「にあんちゃん」を時々レンタルショップで
    探すんですが、安いところにはないようです(^^;
    県103からそれらしき分岐は見た記憶が記憶があります
    そのうち探索を、と思っているところです。

    [ T2 ]

    2010/1/10(日) 午前 0:24

  • 『ボタ山』って昔は、あっちこっちにありましたよねぇ
    言葉が懐かしかったです(^_^;)

    茶たいがー

    2010/1/10(日) 午前 7:31

  • 顔アイコン

    『鯛の鼻』という名前は地形からきたのでしょうか。
    面白い名前。

    遺構にはどうしても おどろおどろしさを感じます。
    私は昼間でも一人で行けそうにありません。。

    こんな大きなものを放ったままにするほど
    地面に余裕があることにも 驚きを感じます。
    こんな所にまで、不法投棄する人がいるんですねえ!

    happyforever

    2010/1/10(日) 午前 11:18

  • 廃坑になった炭坑町出身なので人ごとでは無いなあと思いました
    人が居ないとあっという間に廃墟。
    人が全部居なくなったわけでなくとも
    町ごと半分死んだようになります。
    ・・・で、診療所跡の近辺で人の気配ですか
    ・・・足の透けた人とか居そうで非常に恐いです。。゛(ノ><)ノ ヒィ

    asisuto

    2010/1/10(日) 午前 11:23

  • T2様>私も鯛の鼻炭鉱を調べた際に、「にあんちゃん」の事もネットで読みました。
    いくつか映画の1シーンが画像で見れますが、その一枚にボタ山を
    バックにした写真があります。
    そのボタ山が、今回見た山かも知れなので、現地で妙にワクワク
    しましたよ(笑)

    現地の探索は、産廃業者の重機が行き来しているようなので、
    注意された方が良いですよ(笑)

    Kazu

    2010/1/10(日) 午後 9:14

  • 茶タイガー様>九州は特に炭鉱が多かったので、各地にボタ山があったそうですね。
    現存するボタ山は、意外と多いですよ。殆どが「普通の山」になって
    外観からはボタ山とは判らないようです(苦笑)

    Kazu

    2010/1/10(日) 午後 9:17

  • happyforever様>確かにユニークな地名ですよね。
    何故、「鯛の鼻」なのか、ちょっと興味が湧いてきました(笑)

    ココは比較的、人の行き来が多い場所なので、そこまで怖くはありませんが、
    夜は絶対に来たくないですね・・・と言うか、地理的に付近に民家がないです(汗)
    とにかく不法投棄が多いらしく、アチコチにゴミが散乱していましたよ(苦笑)

    Kazu

    2010/1/10(日) 午後 9:23

  • asisuto様>あはは、診療所跡の周辺の気配は、産廃業者の方々だと
    思います。
    重機のエンジン音も響いていましたので。
    記事の写真は、ダークな雰囲気になるように撮影していますが、
    実は、周辺はエメラルドグリーンの海が広がり、遠くに鷹島大橋が見える絶景スポットです。
    意外と海は汚れていないんですよ。

    長崎も沢山の炭鉱があった県です。ほぼすべて廃虚となっておりますが、
    軍艦島のように歴史的価値があるものとして、保存対象になっている
    物件が多いですね。
    史跡と廃虚・・・実は紙一重なんだな・・・と思っています(笑)

    Kazu

    2010/1/10(日) 午後 9:29

  • 顔アイコン

    ここは私も以前トライしましたが、門の先辺り?でこれ以上は
    なんだか危険な(いろんな意味で)気がしたので止めました(笑)
    そうか、海沿いの侵入ルートがあったんですねぇ。
    でも海まで降りるのが大変じゃなかったですか?

    [ - ]

    2010/1/11(月) 午後 5:07

  • りゅう様>海まではそんなに大変じゃなかったです(笑)
    柵の手前に分かれ道があって、その小道を下って行くと、眼下に
    海が見えましたので、近くの畑の小道を海の方に下って海に下りましたよ(笑)
    ただ、海までの5メートルくらいは、藪を掻き分けて斜面を下りないといけないです。
    釣り人が来ているみたいで、人が歩いた跡や足跡が残っていました。
    このルートは満ち潮の時は、厳しいかも知れませんね(苦笑)
    炭鉱跡近辺は人影は無かったですが、診療所周辺は重機が行き来して
    いますので、潰されないように注意しないといけません(笑)

    Kazu

    2010/1/11(月) 午後 7:27

  • 顔アイコン

    8〜10歳まで此処に住んでました。父が炭坑夫で炭で真っ黒になって帰ってくるとカバン?だったかな?それを洗ったのを覚えてます。「にあんちゃんで映ってるぼた山が懐かしくて涙が滲んできます。
    もう見る影もなく・・此処は何所?の状態となってしまいましたね。
    昨日、実家で鯛の鼻の話が出たので検索したら此処へたどり着きました。貴重な映像をm(_ _)m。

    [ ごんべえ ]

    2018/10/5(金) 午後 0:48

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