我が家の愛犬チロとの散歩風景・花めぐり・家庭菜園の写真等

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富岡製糸場1

ユネスコ世界遺産の暫定リストに記載(平成19年1月)

住所:群馬県富岡市富岡1番地(〒370-2316)

案内:粗製濫造した粗悪品の海外輸出によって、国際市場ですっかり信用をなくしてしまった日本の生糸を根本的に改良して、イメージアップを図るためと、廃藩置県によって地位を失った旧士族の授産対策のため、政府は模範的な洋式製糸工場を国内に建設することを決めました。具体的計画案を練っていた伊藤博文、渋沢栄一は、フランス人のポール・ブリュナ(Paul Brunat) を雇い入れ、計画書の作成、適地の探索、建設から製糸の指導までの全てをやらせることにしました。各地を調査したブリュナは、明治3年10月7日富岡に洋式の模範製糸工場を建設することを決めました。明治5年10月4日、巨額の費用をかけて建設された工場のメインの建物は、東西に向き合う一対の“繭置所”(大倉庫)とそれをつなぐ繰糸棟からなっています。
 この官営富岡製糸場は明治26年払い下げになり、三井−原を経て、昭和14年片倉工業株式会社に移り、昭和62年に現役工場としての役目を終え、115年の歴史に幕を閉じるまで、主力工場として活躍しました。
 現在は、貴重な歴史的建造物ということで保存されている富岡製糸工場ですが、土地は富岡市が買い取り、建物は市に寄贈さたそうです。

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正門入り口

古い郵便ポストが良いですね。

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案内図

クリックすると拡大します。

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概略年表

生き血を吸われるという噂は、いかにも当時
明治5年)の日本人的な感じですね。
西洋人やワイン等見たことも無い人達ですから・・・

そんなことで、当初は女工が集まらないので、士族の子女が女工になったそうです。

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受付の直ぐ先にある検査人館、今は事務所として使われています。

ここに座っている人達は、ボランティアの案内・解説を待っています。

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東側倉庫入り口のアップ、明治5年と記されています。

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大きな倉庫(繭を入れておく)が東と西に合計2棟あります。
当時は、繭は年一回しか採れない為、工場を周年稼動させるのに、各地から繭を集めて一年分貯蔵していたそうです。

建物はすべてレンガでできていますが、木造です。

西洋的なレンガと日本の漆喰・日本建築の技術を組み合わせて、このような大きな建物を独特な方法で作っています。
明治5年に完成し、現在まで残っていることが、奇跡のように思います。



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繭乾燥所

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女工館

日本人工女に機械による糸繰りの技術を教える、フランス人女性教師の宿舎です。

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診療所

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病室
女工達は、8時間労働で週1日の休みもあり、労働環境は良かったそうです。

診療所や病室があり、入院もできたそうです。

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