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この日は、台風の影響もあり、雨になりそうでしたが、足摺岬では、降られずにすみました。 ジョン万次郎の銅像です。 ジョン万次郎の像 場所:土佐清水市足摺岬 150余年前、日本人として初めてアメリカに渡り、測量や航海術などを学んだ後、鎖国時代の日本に帰国し、日本の夜明けや国際交流に多大な功績を遺したジョン万次郎。 民主主義や外国での生活・考え方など、坂本龍馬の開眼も万次郎の体験によることは明らかで、ほかにも板垣退助、中江兆民、岩崎弥太郎などに多大な影響を与え、後に中浜万次郎と名乗った彼は、 1827年、現在の土佐清水市中浜に漁師の子として生まれました。 HPより 海は、とても荒れておりました。 灯台そばにある、無線方位信号所です。 足摺岬・足摺岬灯台 場所:土佐清水市足摺岬 土佐清水市役所より車で約30分四国最南端の岬で、岬の西の臼碆は、黒潮本流が直接ぶつかる全国でも唯一の場所です。展望台が2ヵ所あり、どちらも視界は270度 (東は足摺岬から西は叶崎までの海岸美が一望できます)。彼方にのぞむ水平線がアーチ状に見え、地球が丸いことが実感できます。足摺岬灯台 足摺岬の断崖にたつ、白亜の灯台。高さ18m。光度200万カンデラ。光達距離38km。わが国でも最大級の灯台のひとつで、大正3年(1914)に点灯されて以来、すっと沖をいきかう船の安全を見守りつづけている。太平洋の大パノラマや詩情あふれる風景が楽しめ、ロマンチックムード満点。岬のシンボルとなっている。 HPより
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旅行&尋ねた風景
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雨になってしまい、傘を差して、コンパクト・デジカメで撮影しました。 このあたりは、真珠の養殖いかだが整然と並び、その向こうに大小の島が浮かぶ風景は美しいものです。そこから今度は県道346を北に進み遊子(ゆす)へ。この遊子の北端にある「水荷浦(みずがうら)」には山の頂上まで続く段畑があり、宇和海の美しさとも相まっています。 「耕して天に至る」と形容される段々畑。幅・高さとも1メートルほどの石垣がはるか山頂まで続いています。急な山の斜面を人々が苦労してきり拓いてきた歴史の重み、壮観な造形の美に圧倒されます。 水荷浦の段畑は、眼前に広がる宇和海の美しさもあいまってまさに絶景。「日本農村百景」などに選ばれており、平成19年7月には全国で3例目の「国の重要文化的景観」に選定されました。 また、この景観保持の活動を続けている「段畑を守ろう会」も、平成15年3月末に「ふるさと愛媛創造賞」を受賞しています。 段畑では馬鈴薯(バレイショ)が栽培され、春に収穫されます。 毎年4月には山すその海岸沿いで「だんだん祭り」というイベントが開催されています。 「段畑を守ろう会」 石垣の老朽化や後継者不足もあって、このままでは近い将来、段畑が消えてしまうことになる…。 そこで地元の方たちが立ち上がり、「段畑を守ろう会」が設立されました。 現在では、荒れていた以前と比べて、遠くから見ると、段畑が拡がったのがわかるほどになったそうです。 ■「段畑を守ろう会」設立 2001年、遊子地区のシンボルである水荷浦の段畑を、後世に残していこうという理念から設立されました。業者により山の上部が元の段畑のように修復されました。 ■設立後の活動 ・行政から補助金が出る50アールの荒地を、行政の協力により500万円で整地し、守ろう会会員が受け継ぎ守っていきます。・オーナー制を導入収穫までは守ろう会会員がすべてを引き受け、収穫だけをオーナーが請け負います。・花植え整地した部分で、特に傾斜が急なところに、守ろう会会員が花を植えていきます。 ■「だんだん祭り」開催 「だんだん」とは方言で「ありがとう」という意味。この言葉と「段畑」とをかけて、2002年以降、4月初旬の日曜日に「だんだん祭り」を開催しています。当日は約1000人が水荷浦を訪れました。 HPより 段畑の中腹にお宮があります。 お宮 急斜面は、はしごでないと登れないようです。 先人の、長い努力がまざまざと感じられる、景観です。 上から眺めていると、少し目が回るような感じがします。 頂上には、お墓がたくさんあります。 段畑の一部には、。ジャガイモが植えられていました。 反対側の景色です。
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卯之町の町並み
江戸中期から昭和初期の商家が立ち並ぶ。白壁、うだつ、半蔀(はじとみ)、出格子など伝統的な建築様式が残る町並み。幕藩時代には宇和島藩の在郷町として栄えた。二宮敬作、楠本イネらも往来した通りとして、訪れる観光客は絶えない。
市のHPより卯之町駅 開明学校 明治15年(1882年)に建築された小学校。日本の伝統的木造建築の中に洋風のアーチ型の窓を取り入れた擬洋風のモダンな建物で、当時は舶来のガラスが使用されました。 長野県松本市にある重要文化財「旧開智学校」と昭和62年に姉妹館提携し、平成9年5月には国の重要文化財に指定されました。 明治時代を中心とした教科書などを展示し、古い教室が郷愁を誘います。 申義堂 同じ敷地内に開明学校の母体となった私塾の申義堂も保存されている。 光教寺参道、開明学校の隣です。 きれいな町並みが保存されています。 米博物館は、旧宇和町小学校の校舎です。 卯之町の中心地や現在の宇和町小学校が一望できる高台に、昭和3年(1928)建築の旧宇和町小学校を移築して、「米どころ宇和」を紹介しています。 日本一長い旧木造校舎の109メートル廊下、子供の頃に通った小学校を思い出します。 現在の宇和町小学校校舎、屋根の形が旧校舎に似て作られています。
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景観まちづくりプロジェクト 平成17年に内子町が景観団体となったことを機に、町並み保存や村並み保存で養ってきた視点と創意工夫で「内子町景観まちづくり計画」を策定しました。そこに住んでいる人が「美を求めて」どう育つかということが一番大切な課題だと思っていますので、町民が自主的な担い手となる取り組みや仕組みを作っていきます。 白壁の綺麗な町並みは、素晴らしく、町の人たちの町並み保存への気持ちが伝わって来る感じでした。 本芳我家は、木蝋で財を成した、豪商です。 本芳我家の庭 本芳我家 町並みに似合う、風情ある電話ボックスです。 高昌寺 じゃこ天,椎茸,わかめの”内の子うどん”を頂きました。 |
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佐田岬は、四国の最西端で、豊後水道を挟んで、向こう側は大分県の佐賀関です。 松山から海岸線を走り続け、国道197号線が終わると、道はかなり狭くなります。 駐車場から、15分位でしょうか、坂道を歩いてやっと佐田岬の灯台へ着きました。 この日は、天気は良かったのですが、風が強かったです。 灯台までの小道から見る海岸 綺麗な海に感動です。 やっと、灯台に到着、ここからの眺めも良かったのですが・・・ 国道378号線からの伊予灘の夕焼け
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