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僕は昔から多数決が嫌いだった。僕が何かを言っても、少数派に与することの多かった僕の意見は、多数派の意見に潰される。無視される。日本社会では少数派に与することは、存在を軽視されることなんだと、僕は小学校で悟った。でも少数派の存在は無視していいものだろうか。逆にいうと、多数派はいつも正しいだろうか。
障害者は社会では少数派である(人口の約3%)。でも無視していいとは限らない。最近よく聞く「バリアフリー」とか「ユニバーサルデザイン」は、言い換えれば、「たとえあなたが社会の少数派でも無視はしませんよ。あなたの存在を大事にしますよ」ということだと僕は思う(ちなみに僕は多数決が大嫌いだ。多数決が民主主義だと思うのは大きな間違い。多数決は民主主義の一つのあり方に過ぎない。僕は多数決で合意を形成する民主主義よりも、少数派の意見を尊重する民主主義の方が好きだ)。
ひとりひとりを大事にしようというコンセプトが背景にあるからこそ、「バリアフリー」や「ユニバーサルデザイン」という概念は成立するのであって、「多数決こそ民主主義」みたいなことを真顔で言う人には大して期待しない。僕は「アホちゃうか」と思ってしまう。
21世紀は多様性の時代。一つの社会の中に、国籍や、性別や、民族や、身体的特徴や、いろんな人が差異をもって生きる時代だと思う。20世紀は特定のカテゴリーに属する人々が差別されたり、弾圧されたり、虐殺されることが何度もあった(その中のいくつかは今も続く問題だが)。ナチスはユダヤ人、障害者、共産主義者、社会主義者、同性愛者、ロマなどを虐殺したし、旧日本軍のアジアの侵略行為はアジア人への偏見が根底にある。そんな悲劇的な20世紀を乗り越えて生きるのならば、僕は21世紀を「一人ひとりを大事にして生きる時代」にしたいとつくづく思う。
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私もそう思う♪
障ガイ者の方々に対しても 今まで(今も)障ガイ者の方が 健常者(この呼び方 大っ嫌い)に より近付く 努力ばかり だったと思う…それは へん体力 ある方が もっと 近付くようにしないといけない気がする〜☆
勢力 あるものが 勝つ 世の中は 平等何かじゃ ない☆
2011/10/3(月) 午後 10:30 [ きょうこ ]