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や〜や〜皆さん、軽いノリで久々登場のかずじーでございます。 最近は体調が悪かったりなんだりで、ブログを更新していませんでしたね。 復活です!! そう言えば山陽・九州新幹線の直通列車の愛称が決まったそうですね。 新幹線“さくら”だそうです。 ※順位※ 1位 :〈さくら〉 7,927通 2位 :〈はやぶさ〉 6,917通 3位 :〈はやと〉 6,270通 4位 :〈さつま〉 6,024通 5位 :〈みらい〉 3,803通 6位 :〈つばめ〉 3,438通 7位 :〈ひびき〉 3,043通 8位 :〈きぼう〉 2,407通 9位 :〈やまと〉 2,284通 10位:〈みやび〉 2,136通 あら!ひっそりと予想していた“はやと”がランクに入ってます!! 私はむっか〜しの急行の名前を付けて、知っている人も中々少ないだろ〜な〜、なんて思っていたのですが。あ、でも考えれば“はやと”って歴史とかでも出てきますもんね。 閑話休題。桜と言えば日本の国の花ですね。 桜=日本のイメージも定着してて、逆に今まで空白だったのが謎のような気もしてきます。 と、ここからは鉄ちゃんの視点で。 さくらと言えば由々しく由緒あるお名前。私のイメージではその名門家のおじょーさまってイメージです。 ちなみにお父さんは“はやぶさ”、お母さんは“ひかり”なんじゃないかな〜って感じです。 “ひかり”は元々日豊本線の急行でしたし、嫁いで来たという事で。 さらに“ひかり”は気動車を使用した最初の急行、古くは朝鮮総督府鉄道・南満州鉄道での急行列車の名前にも使われてますので、こちらも実は名門家。 ちなみにこの戦前時代は、同じ区間には“のぞみ”も走っていて、奇しくも現在の東海道新幹線の縮図のよう!! 閑話休題。 御覧頂いたのは日本の象徴、富士山と桜。いやー美しいものは目に入れても痛くない! この撮影地は有名で、雑誌にも良く載ってたんですが今は見かけませんね。どうなったんでしょう? 上の写真は韮崎にある、わに塚の桜と言うものです。添乗員時代に何度か行きました。 これは一昨年・・・・・・・だったかな?友人達とプラプラ出掛けに行ったときのものです。 これからは花粉が飛びます。花粉が飛散すると悲惨。つまらないこと言ったところでフェードアウト、また今度。 ※ありゃ、確認したところ桜の画像が小さいですね!何か間違えたかな?※
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JR
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と、言う訳で、お久しぶりです。いきなりですが、先日富士ぶさの撮影に行って参りました!! |
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先日、朝刊を読んでいると“さよなら東京発着ブルトレ”みたいな見出しが出ていました。 |
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お笑いブームと言うのは酷なものです。一時期はどちらを向いても子供達が「そんなの関係ねー!!」って言っていたのに、最近では「ぐぅ〜〜!!」すらも過去のもの。今乗りに乗ってる芸人さんは誰なんでしょう? さて、なんか気がつけば、東京を発着するブルトレは2列車だけなんですよね。しかも3月のダイヤ改正で廃止になる・・・・。これってもう決定事項なんですか? 私が鉄道趣味を持ち始めたころは、とにかく優等列車を1編成でも記録に残そうと駅の中を駆け回っても全部撮影しきれない量の列車があったんですけどね。確かに航空機は速いし、バスは安いし。お笑い芸人も鉄道も、中々辛い世の中でありますな。 二ヶ月ほど前、東京駅に行ったら下りはやぶさ・富士が10番線に停まっていました。ブルトレっていうのは今も昔も変わらない風格でした。なんか“重々しい”感じですよね。 もう東京発のブルトレに乗ることはないんだろうなぁ〜。 始発駅って言うのは独特の雰囲気があるような気がします。終着駅となにが違うの?と聞かれると困りますが。 もう2008年もあと2週間ですね。2009年なんてどうなってるんだろう!?な〜んて考えてましたけど、予想より遥かに“普通”ですね。透明のチューブみたいなところを宙に浮く車が走ってて、東京駅なんかはリニアが30秒に1本の割合で出てて、高層ビルが雲の上まで伸びてる、みたいなことを考えていたんですけどね。5年前には“アストロボーイ”も天馬博士によって作られてる予定だったんですが。予定は未定です。ウン。
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今日で0系が定期運用から離脱しますね。44年間走り続けた0系に拍手を送ろうと(?)、色々なブログで祭り状態になっているので、私も便乗したいと思います。 さて、私が始めて0系に乗ったのは開業から数ヶ月経ったときです。0系に乗る前夜は、友達と前夜祭をやったりと、とにかく“祭り”だったわけです。 そして夜が明け、昨日のウチに買っておいた新幹線特急券を手に、京都駅へ。(当時は京都に住んでいました) 行きは「こだま102号」で。導入されたばかりの自由席特急券は“○自”と言う面白いマークが書かれていました。 閑話休題。入鋏をしてもらい、ドキドキしながら新幹線ホームへ。確かその時は、30分くらい前にホームに入れてもらったような気がします。そこらへんの記憶が曖昧ですが、とにかく凄い早い時間にホームへ上がったのを覚えています。 そして、先発の“ひかり2号”です。事前にモノクロテレビのニュースで顔は見ていましたが、初めて見る本物の“団子っ鼻”は、なんだかとても頼り無さそうに見えました。 しかし“こだま102号”に乗って“頼り無さそう”なイメージは払拭されました!!あの速さには震えました。 とりあえず、東京まで約4時間。その速さを十二分に楽しみました。 そして、帰りの「ひかり17号」の時間。奮発してワンランク上のひかりに乗って、いざ京都へ!いや、京都じゃなくて終点まで乗りましたが。初めて裏面に英文が書かれている切符を手にしたのはこのときが初めてでした。感動で胸がいっぱいに・・・・あれ?この切符よく見ると職員の印が入っています。と、いう事はこれは友達が使った切符です。(当時、友達は国鉄で駅員さんをしていました。)じゃあ私が使った切符はどこにあるんでしょう? 閑話休題。とにかくひかりは停車駅が少なく、“あっ”と言う間に新大阪に到着しました。新大阪の駅で多少迷ってから(←お約束)東海道本線で京都に帰りついた、と言うわけです。 ちなみに当時、新幹線の特急券は集札が厳しく、この切符もどうせ取られるんだろうと思っていましたが、東京でも新大阪でも快く“あ、じゃあ通って良いよ”と言ってくれました。これには皆ビックリ。優しい方でした。 この特急券達が、両方とも状態が悪いのは、お察しの通り、私が毎日毎日シツコイくらいに眺めていた為です。もしもタイムマシンがあるのならば、当時の私へ、そんな毎日眺めなくていいから!!と、叱りつけたい気分ですよ・・・トほほ。 さて、上の特急券ですが、どちらも2等券です。ま、貧乏だった当時の私たちに1等の券が手に入るわけがないので、しょうがないっちゃしょうがないのですが、どうしても諦め切れず、膨大な量の切符アルバム達と格闘すること1時間強。発見しました。 ひかり用の1等券です。一瞬なんでこんな切符を私が持っているのかと悩みましたが、すぐに解決しました。あれはいつだったか分かりませんが、豊橋の窓口で、“見本券発売中”の文字があったので、頼んでみたところ、“使えないからね”と言いながら見本台帳を持ってきて、1枚100円。好きなの選んで、と言われた中にあった一枚だという事を思い出しました。ここでは数枚購入したので、機会があればまた。しかし、長年切符収集をしていましたが、見本券を売っていたのこの1回キリです。どうして売っていたんでしょうかね?永遠の謎です。 さて、ここまで切符の写真と文だけで、私のつまらない思い出話からも飽きるころでは、と思いますので、当時の写真を載せたいと思います。写真に言葉は不要!!説明なしでドドンと2枚!! ・・・・・。もっといっぱい0系の写真はあったんですけどね。面白いのが無かったのでこれだけにしときます。だけど下の写真凄くないですか?0系が500系を追い越してますよ!!500系の試験走行のときかな?何分自分が撮影したんじゃないので、詳しい事は分かりませんがね。あと、上の写真は、初めて乗った日に、新横浜まで在来線で行って、入場券を買って撮影したものです。ですから開業1年経ってないときのものになるわけですね。あ、説明しちゃってますね(笑) ※スキャナーについて。
皆さんお気付きだと思いますが、我が家にはスキャナーがありません・・・(涙)なので、切符の画像は見苦しいものになってしまうかと思いますが、ご了承下さい。ちなみに写真については、以前ベタ焼きを友達の家でスキャンしてもらったのを使っていますので、こちらは大丈夫かと思います。それでは、今後もよろしくお願いします。 |
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