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新西国観音霊場 第10番札所 ・聖徳太子誕生の古刹 川原寺の向いにあるのが橘寺。正式には仏頭山上宮皇院菩提寺 (ぶっとうざんじょうぐうこういんぼだいじ)といいます。 新西国観音第10番札所。聖徳太子生誕の地とも伝えられている寺です。 橘寺という名前は、天皇の勅命で田道間守が常世の国から持ちかえった不老長寿の薬と言われた橘(みかんの原種ですね。)を景行天皇がここに植えたことから来ているようです。 創建ははっきりしていませんが文献に最初に出てくるのが天武天皇9年(680年)に一部が焼失したという記録が残っているので、それ以前には存在していたようで、当時は66棟もある四天王寺式伽藍配置の大きな寺だったらしいですが、多武峰(今の談山神社)の僧兵の焼き討ちにあって次第に廃れていったらしいです。 正門は東門らしいのですが駐車場とかが西門にあるせいか観光客は西門から入ります。 西門から東門までほぼ一直線に参道が伸びていて(一部クランクになっているので直線ではないですが)、両側に伽藍が並んでいます。 ただ、創建時からあるものは塔の心礎と太子殿の礎石ぐらいで、他の伽藍は江戸末期の建築らしいです。 本堂の横にあるのが「二面石」と言って、飛鳥にある謎の石造物の一つ。右側が善人、左側が悪人を表しているそうですが、だいぶ見えづらくて善人にも悪人にも見えるんですが・・。 左は三光石と阿字池で、三光石は聖徳太子が勝鬘経の講義を行った時に日・月・星の光を放ったと言われている石。(聖徳太子の冠が光ったというのが本当らしいですが、どちらにしろ伝説かな?) 「阿字池」は梵字の「あ」を形取り聖徳太子が作ったと伝えられていますが、形が分からない上に苔が凄くてコメントしづらい…。 右は創建時の五重塔の心礎です。丸柱じゃなくて、丸柱に3つの半円の柱がくっついている珍しい礎石です。落雷で焼失、再建したけど多武峰の僧兵にも焼かれてしまったらしいです。 東門からの写真。東門からだと寂れた感じがとてもしますね。 ご朱印は聖徳太子生誕の寺ということで「聖徳殿」と書かれています。
この日にご朱印を貰うようになったのでまだ慣れていなくて、300円払わずに貰い逃げしそうになった寺でもあります…。 |
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貰い逃げって・・・でも、親切にいろいろな話をしてくださるお寺に限って、やりそうになるんですよね。後で「あれ、納めたっけかな?」なんてこと、たまにあります。
2006/10/15(日) 午後 5:23
こんばんは!またまた達筆なご朱印!橘寺は普通の字なのに、聖徳殿は読めませんねーー、徳と殿は、そう言われればそんな風に見えない事もないけど、聖にいたっては、聖と言われてもそう見えないんですけど・・・。書道は奥が深すぎる〜^^。
2006/10/15(日) 午後 8:50
ADOLFさん。当時御朱印を戴くのにお金がかかるってことをその日に知ったので貰い逃げしかけたようです・・・。ADOLFさんみたいなことも1度あるかもしれないですね。
2006/10/16(月) 午前 10:54
トオルさん。分かってないと読めないですよね。他の御朱印サイトで「聖徳殿」って書いてるってことを知ったんですよ。神社の場合ははっきり書くけど、お寺の場合は達筆すぎて分からないのが結構ありますね。そこがまた良いんですけど。
2006/10/16(月) 午後 8:42
こんばんは!ここもだぁ〜(~ヘ~;)ウーン お寺さんが達筆が多いのは本当に魅力だよね。ご朱印集める時は神社では、ガッカリする時もあるからなぁ・・・
2006/10/16(月) 午後 10:24
Keiさん。まず神社だと若い神職さんとか巫女さんが多いのに比べて、寺とかは大体が年配の方々だったり、寺のほうが筆を使う機会が多いんでしょうかね。今参拝順に紹介してるので、もうちょっとしたら神社の御朱印を紹介できるかと思います。
2006/10/18(水) 午後 9:11