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神紋:八咫鏡に割菱 祭神:伊邪那岐大神 伊邪那美大神 天照大御神 月夜見大神 南八甲田連峯大地主大神 大山祇大神 八甲田山大地主高靇大神 八甲田山大地主闇靇大神 大海津見大神 科津彦大神 科津姫大神 北畠顯信 北畠守親 三穗屋姫大神 八甲田神社は青森市から雪中行軍の銅像で有名な田代平へ向かう道の途中にある雪中行軍遭難者を葬っている幸畑陸軍墓地のすぐ近くにあります。 由緒の書いた紙を貰い損ねたためにきちんとしたことは書けませんが 7世紀ごろ、阿倍比羅夫(あべのひらふ)が蝦夷征伐の時に青森から少し北に行った後潟(うしろがた)に政庁を置いて、八甲田山麓に山霊を祀り伊邪那岐大神と伊邪那美大神を勧請したのが始まりです。 この阿倍比羅夫、蝦夷征伐でちゃっかり北海道の羊蹄山のあたりまで来ちゃってる凄い人。関係があるのかはっきりしませんが羊蹄山の麓に今も比羅夫って地名がちゃんと残っています。 もしかすると鎮座している阿部野という地名も阿倍比羅夫から来ているのかもしれない。 その後はしばらくの間荒廃していましたが、14世紀に北畠顕信公とその子である守親公は陸奥国司となり改めて諸神が勧請され、現在の福島県にある霊山城を拠点に南朝のために戦いますが徐々に北朝が有利になり地元の南部家を頼ることになります。 子孫は南部家を頼り、また北畠家から安東家に娘が嫁いでいたため仲の悪かった安東家と南部家を仲裁するような形で両家の領地の間にある浪岡(現在の浪岡市)に北畠家が入ることになります。 一時期は隆盛を極めますが徐々に衰退し、天正6年(1578年)に北畠(浪岡)顕村公も津軽征服を目論んでいた大浦(津軽)為信に倒され、国司であった浪岡北畠家は滅亡してしまいます。 その後、北畠氏の子孫や崇敬者が、明治百年になる昭和42年ごろに現在の場所に創建されました。 山頂近くにも八甲田神社がありますが奥宮かどうかは不明です。 ここも達筆ですよね。棟額にも「八峯鎮護」と書かれていますが詳しい意味聞いてこなかった…。八峯は八甲田山の事だと思いますが。由緒も貰ってこなかったし・・・。
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寺社仏閣・青森県(12)



今回の神社は木よりコンクリートが多そうなので、モダン的な建物に見えます。北海道と沖縄も、元々日本ではなかったですね。ところで、昨日発見しまして、Gyaoでは5月7日まで「幕末機関説」をネットで全話無料放送します。8話までしか見てないですが、物語後半の舞台は箱館(五稜郭なと)ですよ。刀や銃の戦闘シーンはリアルで好きですが、GWまでは多分、全話見切れないけど。
2007/5/3(木) 午後 4:54
なんか最初の写真を見ると護国神社の雰囲気を感じるのは私だけ?ご朱印の3つある大中小の「八」の字の統一感がイイな〜^^。
2007/5/3(木) 午後 8:30
KKさん、こんにちは。情報ありがとうございます。さすがに全部は見てないですが幕末機関説見ましたよ。埼玉県日高市の「高麗神社」がロケ地として出ているようですね。7日まで全部見るのは結構きついなぁ。
2007/5/4(金) 午後 2:18
トオルさん、こんにちは。言われてみれば護国神社っぽいかもしれないですね。境内がすっきりしてるのとか鳥居が護国神社っぽいかも。拝殿は普通の神社って感じですが。
2007/5/4(金) 午後 5:21
北畠家は伊勢の北畠家からの流れのようですね。織田軍に滅ぼされても東北で子孫が続いているのですね。久保宮司は知っているかな?
2007/5/5(土) 午後 6:10
kazusaさん、こんにちは。伊勢の総本家も滅ぼされていますが嫡流は現在北畠姓を名乗っていないようで庶流と共に今も続いているようです。宗家は有馬姓を名乗っているようですね。
2007/5/6(日) 午後 1:59
この神社さんの境内は確かに護國神社に似ているかも。でも建物はそれほどでもないかなぁ・・・でも、この御朱印の文字は好きです!+。:.゚ヽ(*´∀`)ノ゚.:。+゚どうせなら平成18年8月8日のが欲しかったですね!
2007/5/7(月) 午前 1:45
日曜日、やっと全話見終わりました。とにかく主人公は強すぎ、刀の構えポーズは格好良すぎます。OPの石仏シーンと雪の函館もいい雰囲気です。でもあの金髪ガンナー(Kazukiさんは多分覚えてないでしょう)はかわいそう・・・こういう本格ヒーローアニメは、最近は珍しいですね。
2007/5/8(火) 午後 1:04
KKさん、後で伺いますね〜。
2007/5/8(火) 午後 1:10
Keiさん、こんばんは〜。あー「八」で統一ですか。しばらくは無理ですね…。8月8日が休みなら良いんですけど出勤日だと思うのでなかなか難しいです。
2007/5/8(火) 午後 9:44