|
住所:岩手県盛岡市内丸1-42 旧県社 神紋:向鶴、割菱 祭神:南部光行(なんぶみつゆき、南部氏初代)、南部信直(なんぶのぶなお、南部氏26代、盛岡藩初代藩主)、南部利直(なんぶとしなお、南部氏27代、盛岡藩2代藩主)、南部利敬(なんぶとしのり、南部氏36代、盛岡藩11代藩主) 櫻山神社は盛岡城址のある岩手公園内に鎮座しています。 創建は盛岡藩8代藩主・南部利視(なんぶとしみ)が寛延2年(1749年)9月に、南部信直公の御神霊を勧請して『淡路丸大明神』として盛岡城内東側の淡路丸に祀ったのが始まりです。 その後、文化9年(1812年)に社殿を再建し、旧地名から『櫻山神社』と改称ました。文化15年には南部氏・初代の光行公を合祀します。 それまでは鎮座地が城内ということもあり一般庶民の参拝は出来ませんでしたが、明治維新の際に浅岸村妙泉寺山へ遷座され一般参拝が可能になります。 明治9年(1876年)には米内村聖寿寺へ遷座され、明治14年1月に県社に列格。明治34年に現在の盛岡城内へ遷座されました。 大正元年(1912年)には利直公と利敬公を合祀し現在に至ります。 社殿の右横には『烏帽子岩(兜岩・宝大石)』と呼ばれる巨石があります。 盛岡城築城時にこの場所を掘り下げた際に大きさ二丈(7.6m)ばかりの突出した大石が出てきました。 この場所が城内の祖神様の神域にあったため宝大石とされ、以後吉兆のシンボルとして広く信仰され災害や疫病があったときなど、この岩の前で、平安祈願の神事が行われ、南部藩盛岡の”お守り岩”として今日まで崇拝されています。(案内板より) 烏帽子岩と同じ形をした小石を見つけて持っていると病気にならないと信じられてるそうです。 ちなみに、現在の南部家当主は南部利昭氏で、南部氏第45代当主、そして実は現在の靖国神社の宮司さんなんです。 いわゆるA級戦犯の分祀や追悼施設の建設に反対しておられる方で、台湾の李登輝前総統の靖国参拝の手助けをした方でもあります。 応対はジャージを着た中学か高校生の女の子がしてくれました。ご苦労さんです。 御朱印にもある向鶴は南部氏の家紋です。もう一つの家紋が割菱(武田菱)なのですが、南部氏は元々甲斐の武田氏の氏族だったため割菱紋を使っているようです。 ちなみに、うちの墓のすぐ近くに南部家の墓があり、家紋も向鶴なので恐らく眷属なのでしょうね。お墓に行くといろいろな家紋が見れて中々面白いです。 この記事書いてるときに保存してた櫻山神社の元画像をかなり小さくリサイズして上書きしてしまった…orz
|
寺社仏閣・岩手県(19)




玉川温泉の帰りに近くまで行ったことがあります。こんな立派な巨石があるのですね。ポチ!
2007/11/20(火) 午後 11:36
ここは掘り下げて発見したそうですが、東北って結構巨石があるようですね。なかなかミステリアスです。
2007/11/21(水) 午前 0:18
烏帽子岩、社殿のような磐ですね。同じ形の石は見つかりましたか。
2007/11/21(水) 午後 2:23
本殿がやけにキレイに見えるけど、最近修復工事でもしたのでしょうかね〜???
この巨石は凄い!迫力満点。
桜のデザインがされたご朱印もいい味だしてるー。
2007/11/21(水) 午後 6:21
ヒロ爺さん、こんばんは。かなり立派な岩です。同じ形の石を探してる余裕がありませんでした…。病気になったらそのときはそのときです。
2007/11/21(水) 午後 10:48
トオルさん、こんばんは。昭和40年の造営らしいので屋根だけ葺き替えたんでしょうかね?綺麗に見えますよね。
神社の裏が盛岡城なんですが、城自体が岩盤の上にあるらしく大きな天然の岩を石垣代わりにしている場所もあります。
丸い朱印も珍しいですよね。
2007/11/21(水) 午後 10:51
私は東北地方へ参拝したことがないです。
へー、お城の中にある神社ですか。
それにしても“烏帽子岩”はユニークな形ですが、
立派な神様の巨石ですね。
参拝してみたいと思いました。
2007/11/23(金) 午後 11:09
かみながらさん、東北も中々いい神社が沢山ありますよ。
大きな城や大名の居城だったりすると城内や近くに城主を祭った神社があったりしますね。(北畠神社とか犬山神社とか)
ここの烏帽子岩は掘り出されたものなので歴史は浅いですが巨石信仰ってなんか惹かれるものがありますね。
2007/11/24(土) 午前 1:22