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旧県社、別表神社、奥州総鎮守 神紋:稲荷宝珠、十六菊に三宝珠 祭神:宇迦之御魂大神(うがのみたまのおおかみ)、猿田彦大神(さるたひこのおおかみ)、大宮能売大神(おおみやのめのおおかみ、天鈿女命) 志和稲荷神社は盛岡の南、紫波町にある岩手県内の別表神社三社のうちの一社です。(もう二社は陸中一の宮の駒形神社と盛岡八幡宮) 紫波町側から道路に沿って走ると左側に志和稲荷神社入り口の看板があり、一の鳥居があります。 そして少し走ると2枚目の写真。参道の前に到着。ここに車を停めて歩いていきます。 参道に入ると4体のお稲荷さんが鎮座してますが、いずれも耳が欠けています。というのも大正時代に田んぼに引く水が少なく水不足になり、水の利権を巡って争った「志和の水げんか」の際に石がぶつかり欠けたんだだそうです。 少し歩くと右手に社殿が、左側に社務所があります。 志和稲荷神社の創建は平安時代の天喜5年(1057年)、源義家が『前九年の役』で安部頼時・貞任・宗任の討伐のため下向する際、陣ケ岡に滞陣中に、心願紀誓するところがあって勧請建立したのが始まりです。 その後、志和城主・樋爪俊衡・秀衡が社殿を再建し、正平年間(1346〜1369年)に斯波家長(しばいえなが)が志和城主の時に社殿を新築し、それからしばらくは斯波氏代々の篤い崇敬を受け、7代目・斯波詮直(しばあきなお)により再び建立されます。 天正16年(1588年)に紫波郡が南部領になってからは南部氏代々の祈願所として篤く崇敬され、盛岡から5里の長さの「志和大稲荷街道」という参道も整備されます。 明治初年に村社に、大正7年(1918年)には県社に列格され、現在に至ります。祭祀は代々鱒沢家が執り行っています。 また、すぐ近くには『志和古稲荷神社』という神社もあります。ここは次に紹介。 拝殿前には親子杉という二本の杉の大木があります。大きい方は樹齢が630年、小さい方は樹齢150年だそうです。 また社殿横を登っていくと結構大きな杉の中にひときわ大きな「稲荷山大杉」と呼ばれる樹齢千年を超える杉の御神木があり、長寿を願って杉の根本から白狐の毛を探すという風習があります。 写真では広角レンズで離れて撮っているためさほど大きくは見えませんが、実際はかなりの大木です。 |
寺社仏閣・岩手県(19)




杉木立の中の感じのいい神社です。
本殿がすご〜〜く、立派ですね。狐さんの彫刻が楽しそうです。
2007/11/25(日) 午前 4:53
NORIさん、こんにちは。
ここの杉林と本殿はかなり立派です。
普通の神社の本殿って割りと拝殿に比べたらこじんまりとしてますもんね。
2007/11/25(日) 午後 3:06
済みませんでした、後先を見づにコメントいたしまして。
本と立派な本殿ですな 志和稲荷神社、志和古稲荷神社 祭神も同じようですがどんな関係なんでしょうね?
2007/11/27(火) 午後 1:08
ヒロ爺さん、私もそこらへんの関係はよく分かりません。ある意味一番肝心な所ですが。
聞いた方が早いのかもしれませんが、某国一の宮みたくお互いライバルっぽくなってるところに聞こうという気にもならなくて…。
ただ、古稲荷さんのほうが社殿とか社務所とか真新しいんですよね。広いし。
2007/11/27(火) 午後 11:52