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延喜式内社:大和國廣瀬郡 廣瀬坐和加宇加賣神社 (名神大 月次/新嘗) 二十二社、旧官幣大社、別表神社 神紋:十六八重菊、橘 祭神:若宇加能売命(わかうかのめのみこと)、櫛玉命(くしたまのみこと)、穂雷命(ほのいかづちのみこと) 例祭日:4月4日 最寄の交通機関:JR「法隆寺駅」 廣瀬大社は大和川に大和川水系の富雄川・佐保川・寺川・飛鳥川・曽我川・葛城川・高田川が合流する、奈良県河合町に鎮座しています。 前回紹介した龍田大社が風神であるのに対して、こちらは水神として信仰されています。 主祭神は若宇加能売命。伊勢神宮・外宮の豊受大神や稲荷神社の祭神・宇加之御魂神と同神と言われ、別名・廣瀬大忌神とも呼ばれます。 創建は崇神天皇9年(西暦前89年)、廣瀬の河合の里長に神託があり、一夜で沼地が陸地に変化し、橘が数多く生えたことが天皇に伝わり、この血に社殿を建て祀られるようになりました。 日本書紀には、天武天皇4年(675年)4月10日に「小錦中間人連大蓋・大山中曽禰連韓犬を遣わして、大忌神を廣瀬に祀らせた。」(龍田大社も同じ日に祀られた。)との記載があるため食い違ってきます。 大宝元年(701年)には、水の神を祀る廣瀬神社と、風の神を祀る龍田大社の二社で風水害が無いように祈願する大忌祭が一緒に行われたり、龍田大社と対を成している神社です。 弘仁13年(822年)には朝廷より従五位下、永保元年(1081年)には正一位の神階となり、延喜式神名帳では名神大社。平安時代には二十二社に数えられました。 明治4年(1871年)5月14日に官幣大社に列格されました。 毎年2月11日には『砂かけ祭(御田植祭)』が行われます。 これは五穀豊穣と雨水の多量と厄除け祈願の祭りで、拝殿内部を田圃に見立てて、拝殿の中央で牛使い(田人)が苗代を作りをして籾まきをすると、次に早乙女2人が早苗に見立てた松葉の松苗をもって田植えの所作をする。 次に拝殿前の広場に青竹を4本立て注連縄を張り、斎田という臨時の田圃を作る。田人が溝をすき、あぜを作り、牛面をかぶった人と田人の田おこしの所作をする。 それぞれの所作の間に、見物人と田人との間で猛烈な砂かけ合戦が展開される。これが激しいほど雨がよく降り豊作になるらしい。 本殿は正徳元年(1711年)の建設で極彩色の春日造りの建物です。 拝殿やそのほかの建物は明治以降の建築です。 二の鳥居の脇には明治40年3月に当時陸軍大臣だった寺内正毅により奉納された日露戦争の戦利品の大砲と砲弾があります。 |
寺社仏閣・奈良県(48)



桜の花がとてもいいアクセントになってますね。私が行った昨年10月のときは雨模様だったので、ちがう雰囲気でした。
しかし、参拝者の姿が見えないけど・・・。やっぱり普段はこんな感じなんでしょうかねー!?(淋)
2008/1/22(火) 午後 4:50
華やかですね、桜は絵になりますな。
私も冬でしたので、参道が薄暗く心細く感じました
ご朱印は http://blogs.yahoo.co.jp/pineroad184/25410368.html
か細いですよ。
2008/1/23(水) 午前 0:14
本殿は正徳元年ですか。詳しくは見えませんが立派なようですね。
拝殿の前の桜がいいですね。
2008/1/23(水) 午前 1:05
トオルさん、一人くらいはいましたが、少なかったですね…。
観光地が近くないから神社単体だけで来る人はあまり居ないんでしょうね。
2008/1/23(水) 午後 0:36
ヒロ爺さん、ちょうど桜のいい時期でした。夏は木が生い茂っているので涼しくていい感じですが、冬の参道は殺風景かもしれませんね。
2008/1/23(水) 午後 0:38
NORIさん、古びた茅葺の社殿に桜のピンク色が映えて良いアクセントになってると思いますが、カメラの設定を間違えて画像が粗くなってしまってるのが残念な所です。
2008/1/23(水) 午後 0:46