|
伊勢国一宮、旧県社 延喜式内社:伊勢國河曲郡 都波岐神社 (小) :伊勢國河曲郡 奈加等神社 (小) 神紋:左三つ巴 祭神 (都波岐神社):猿田彦大神(さるたひこおおかみ) (奈加等神社):天椹野命(あめくれののみこと)、中筒之男命(なかつつおのみこと) 例祭日:10月8日 最寄の交通機関:JR関西本線・伊勢鉄道「河原田駅」、近鉄名古屋線「長太ノ浦駅」 都波岐奈加等神社は三重県鈴鹿市一ノ宮町に鎮座している地名の通り伊勢国一の宮です。 閑静な住宅街の一角にあるので、一の宮という感じがしませんがれっきとした一の宮です。 祭神は都波岐神社が伊勢の地主神である猿田彦大神。奈加等神社が天椹野命と中筒之男命を祀っています。 天椹野命は饒速日尊が地上に降臨する際に供として同行させた32柱の神のうちの1柱で、中跡直(なかとのあたい)等の先祖。 中筒之男命は住吉三神のうちの1柱で、伊弉諾命が黄泉の国から戻り禊をした時に、その水の中ほどで生まれた神で、住吉大社など全国の住吉神社に祀られています。 創建は雄略天皇23年(479年)3月、猿田彦大神から八代目の伊勢国造・高雄束命(たかおわけのみこと)が勅により伊勢国河曲県中跡里にそれぞれ「都波岐神社」と「奈加等神社」を造営したのが始まりです。(かつては2社は別だったようですが、現在は相殿になっています。証拠に入り口の標柱がそれぞれ2本あります。) 平安時代には弘法大師・空海が参籠して、獅子頭2口を奉納したと言われています。 また、天皇からの崇敬も篤く、承暦3年(1079年)、白河天皇より正一位の神階と宸筆の勅額を賜りました。延喜式神名帳には都波岐神社と奈加等神社がそれぞれ小社と記載されています。 しかし、永禄年間(1558〜1570年)に織田信長の伊勢侵攻の際に兵火にかかり社殿の他、白河天皇が書かれた勅額や文書などが焼失。空海が奉納した獅子頭は運良く難を逃れ現在も残っています。 焼失した社殿は、江戸時代の寛永年間(1624〜1643年)に現在の鈴鹿市にあった神戸城主・一柳監物によって再建。江戸後期には摂政家の鷹司家の執奏社として大宮司が置かれ勢力が大きくなり、明治36年()には県社に列格されますが、戦後衰退。 平成9年3月24日には不審火により拝殿と祝詞殿を焼失。翌平成10年10月10日に現在の拝殿が竣功されました。 境内社として式内社・伊勢國河曲郡 小川神社と言われる小川薬王子社と神明春日社が鎮座しています。 同じ一の宮の椿大神社と比べると小さく、樹木が少ないため寂しく感じるのは否めない。 しかし、その由緒、社格、そして一の宮巡拝に力を入れている神社だと感じました。 パンフレットは手作りですが、とても詳しく丁寧に書かれているし、頂いた一の宮のリストは現在も活用させていただいています。 御朱印は「都波岐神社」。となると「奈加等神社」の御朱印もあるのではとつい思ってしまったり。 いよいよ東海地方に戻ってまいりますが、その前に今後の記事の都合上地元の神社を一社紹介。
|
寺社仏閣・三重県(11)





入口にトイレがある神社ですね?
[ 御垣内 ]
2008/1/23(水) 午後 9:24
御垣内さん、あーそこまでは覚えて無いですね…。
左手に授与所があって、境内が狭くて、尾張一宮の大神神社みたいな雰囲気に近いなという記憶があります。
2008/1/23(水) 午後 9:44
「伊勢国一の宮」をご紹介いただきまして、ありがとうございます。『都波岐奈加等神社』は私の職場の鎮守神社です。今年の元旦には“歳旦祭”にも参列いたしましたし、この1年半は毎月1日、15日に出勤前に参拝しています。神主さんが私の高校時代の日本史の恩師であり、ご縁を感じます。不審火で拝殿が焼失してからもう11年になりますか。私が初めて『都波岐神社』へ参拝したのは、その不審火の数日後だったのです。焼け焦げた境内に本殿がぽつんと取り残され、無残な様相でした。その後、白亜の拝殿が建立され、美しい境内になりました。社殿の周りにはかつてからの鎮守の杜も残ってますが、本殿裏や東側には幼い木が植樹され、将来は多い茂る木で社殿が囲まれるでしょう。年末には立派な狛犬一対が拝殿前に奉納されました。これからも少しずつ、一の宮にふさわしい境内に整備されていくのでは?
2008/1/23(水) 午後 11:00
神職様も気さくでいい神社ですね。
2008/1/24(木) 午前 0:55
歴史ある一之宮神社とのことですが社殿の新しさに違和感を覚えていましたが、焼失されていたのですね。。天椹野命とは聞きなれない御神名ですね。まだまだ、知らない御神名がおおいです。修行が足りません。やはり伊勢の神様は奥が深い。。
2008/1/24(木) 午前 2:18
慈眼さん、とても縁の深い神社なんですね。
まだ苗が育って立派な木になるのにはしばらくかかるでしょうが、きっと立派な鎮守の森になりますね。
2008/1/24(木) 午後 0:40
熱田北条さん、きっと一の宮で場所も三重ですから何度か参拝されてますよね。
2008/1/24(木) 午後 1:43
ハヤチさん、創建が古い神社も鉄筋コンクリートで造ってるところも結構見かけます。祭神は調べてると知らない名前も結構ありますが、別名ということもあるので、ただでさえ多いのにややこしいですよ…。
2008/1/24(木) 午後 2:16
なんでここ参拝してないんだろう???鈴鹿ならアクセスはいいはずだから暖かくなったら行ってみよっと。
私も写真を見た瞬間に尾張一之宮の大神神社に雰囲気が似てるなーって思いました。
2008/1/24(木) 午後 10:21
尾張一之宮にしては何か殺風景な気がしますね。でもしっかりとした由緒歴史が流れていますね。
2008/1/24(木) 午後 11:48
ご回答すると(割り込みごめんなさい)
ここは、あまり知られていないようなんです。バス停もありませんので、もう1つの椿大神社より、少し、わかりにくいかもしれません。鎮守様のような感じのお社です。
[ 御垣内 ]
2008/1/24(木) 午後 11:49
トオルさん、伊勢方面に行く時なら寄りやすいかもしれませんが、専ら名四・名阪国道を使う事が多かったので中々機会がなかったんですが、大阪からの帰りで時間があったので寄って見ました。
鈴鹿だからF1ファンとしてはサーキットにも行ってみたかったけど行かずじまいです。
2008/1/25(金) 午前 0:44
ヒロ爺さん、御垣内さんが代弁してくれましたが、場所が分かりづらいですね。立地としては鎮守さん。拝殿は立派です。
2008/1/25(金) 午前 0:47
この付近は仕事でよく通っていて、神社のあるのも知っていましたが、当時はまだ神社参拝を殆どしたことがありませんでした。
今思うと残念です。またいつか行くときがあれば参拝したいと思っています。
2008/1/25(金) 午前 1:03
NORIさん、そういうのありますよね。私も3年前に飛鳥に行ったのがきっかけですから、それまで近くまで行った神社はスルーしてました…。
2008/1/25(金) 午後 9:22
まだここはお参りしてません。椿大神社さんと一緒にいつかお参りしたいなぁーって思っています。でも不審火で神社さんが犠牲になるのって、とっても悲しいです。(。´Д⊂)うぅ・・・。
見た感じでは、鉄筋コンクリート見たいですけど・・・そうなんですか?
折角、一ノ宮なんだから鉄筋コンクリートの再建じゃなくって、ちゃんとした木造で作って欲しかったなぁ・・・きっと資金的に難しかったんでしょうけど。
2008/1/26(土) 午前 11:27
Keiさん、拝殿は鉄筋コンクリート製で、本殿は木造でした。
やっぱり木造の神社建築より鉄筋コンクリート製のほうが安くて頑丈なんでしょうね。
しかし、不審火はホント勘弁して欲しいです。それまで積み上げてきたものが一瞬で消えてしまうんですから…。
2008/1/26(土) 午前 11:45