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私とエホバの証人 「エホバの証人」 正式名称は「ものみの塔聖書冊子協会」といいます。 一般認識としては正装をした人が一軒一軒尋ねてくる宗教と言えばよく分かると思います。(もしくは輸血をしない宗教) 今まで、こんなこと書いても他の人の参考にならないだろうからと思ってたんですが、一応元JW2世として自分はこんなふうだったということを書いておきます。 私は、両親がエホバの証人の家庭で育ち、その後エホバの証人から離れた子供、いわゆる「元JW2世」と呼ばれる人間です。(JWはエホバの証人の略称) 私が生まれた直後に父が家に尋ねてきたエホバの証人の伝道者を家に上げて話を聞いたのが始まりで、その後母親も一緒に信じて、1984年に母親が、1989年頃だったかに父親がバプテスマ(洗礼)を受けます。 母親が一番熱心でしたね。 成長してくると『神権宣教学校』という物に入学する事になります。 私は小学校4年の時に入学しました。簡単に言えば町でよく見かける家に入って証言(勧誘)をする予行練習みたいなものですかね…。 学校って付いてますがそういう施設に行くわけではありませんが、あるテーマ、男の人の場合は聖書に書かれている聖句を使って、自分に当てはめるような文章を作って集会の中で発表する感じでした。(今は聖書朗読だけらしいですね) これが結構大変で、声の出し方とか、身振りとかいろいろその時によってチェックされるんですよ。朗読は得意でしたが、文章作成能力が全く無かったのでしばらくたっても自分一人では作れなくて、研究司会者とかと一緒に作ってました。1つ下の子なんて当日に作ってましたよ…。 これをステージの上に立って発表するんですが、慣れてくればどってことなくなるんですけど、最初は緊張して足が震えたもんです。 マイクのスイッチ入ってないと思って、いきなり「マイクこれ入ってますか?」って始めたことも…(笑) 小学校・中学校・高校ではエホバの証人の子供は色々大変な思いをします。 エホバの証人は「戦いを学ばない」ので格闘技をしません。例えば運動会の騎馬戦や、授業である柔道・剣道などの武道。 このことを先生に言わないといけないって言うのが子供にとってはとても苦痛でした。当時、自分では正しいと思ってるんだけどね、それを先生に「できません」言わないといけないというのが…。 なので、「明日、ハルマゲドン来ないかなぁ。それならわざわざ言わなくても済むのに…」って本気で考えてました…。今考えてみれば恐ろしい…。 あと小学校くらいなら通用するかもしれませんが、中学校・高校になると格闘技拒否が成績に反映されます。私の場合、中学校の時は評価は下げられなかったけど、高校になってからはずーっと体育は「2」でした。得意科目だったんですけどね。 今思えば、柔道やりたかったなぁ。 それと校歌斉唱もしません。なんでかというと、「賛美するのはエホバ神だけだから」。校歌は学校を賛美することになるからです。 今はそれプラス、国旗掲揚と国歌斉唱もあるんですよね。地味に大変です。周りが歌ってるのに自分だけ歌わないんですから。 いじめ要素アップですよ。 現に中学校の頃はいじめに遭ってました。1年の頃は身の回りのものがどんどん同じクラスの奴に取られて無くなっていく。(自分が何言っても、先生に言っても無駄。) エホバの証人の子供は、上記のこととプラスで言葉遣いが綺麗です。(そう躾けられるので) 戦いをしないので喧嘩もしません。殴られたら殴られっぱなし。許してって言われたら許します。 そんなこんなで周りの子供たちから浮くんですよね…。 中学校に入学してから母親が体調を崩して病院に通うようになります。「自律神経失調症」でした。 家から家の奉仕から研究、割り当て、大変で調子を崩してしまったんです。(当時、変な研究生を受け持ってたんですよ。今は姉妹ですけど) 中学校3年になってからは伝道者になるため、調子悪い母がたまに元気な時に「こういう風に言えばいいよ」とか色々教えてくれてました。 そして、もうすぐ伝道者になるという高校に入学した4月末、自分の人生が変わる大事件が起きます。 母が自宅で倒れて、そのまま帰らぬ人になりました。 公式には「急性心不全」でしたが、自律神経失調症のため、眠ることができず、睡眠薬の量が多くなり過剰摂取をしたためというのが私の見解です。 母が死んだ後は、父もふさぎ込むようになりほとんど集会に行かなくなりました。 人の死についてや、この宗教について、自分がこのままこの宗教を続けていけるのか、色々考えた時期でした。 私に宗教のことで熱心だったのが母親だったので、この頃にはもう宗教に納得行かない点が色々出て来て、結局続けてても排斥(宗教から追放)されるだけだなと思って、一応集会には出席するだけになります。他にも日曜・火曜・木曜が集会なので面倒臭いというのもありました。 私はしばらく集会に通って「割り当て」をやっていたんですが、高校で卓球部に入部したこともあり(エホバの証人内部ではこの前後から部活OKの風潮になっていく)、そのうちこなしていくのが厳しくなり、学校の乗船実習でしばらく居なくなるということもあり、神権宣教学校を無期停止にしてもらいました。 高校卒業後、札幌にあったCADの専門学校に2年間通ってから、北広島市の金属加工の会社に就職しました。専門学校進学から就職するまで地元に居た会衆から札幌の会衆へ籍を移したわけではなく、住んでた地域の会衆には全く行ってませんでした。 当時、札幌には父親の友達のエホバの証人家族と、1歳下で同じ2世の子が居て、遊びに行くついでに集会にも出席してたんですが、完全に集会へ行かなくなったのは今から大体4年前の23歳の時に金属加工の会社を辞めた時です。 徐々に宗教とは疎遠になり、最終的には自然消滅という感じでした。 そして、地元に戻り、5ヶ月無職を経験してから木材・建材関係の会社にCADオペレーターとして就職します。 その出張先で現在ブログのメインとなってる寺社仏閣めぐりを始める事になります。(昔から歴史好きで神社やお寺に興味があったんです) 子供が信じ始めたわけではなく、親が信じ始めたので、子供には宗教の選択権はありません。その宗教が良いかどうか子供にも選択権はあるんですよ。 父は頻繁に集会に出るわけではないですが現役です。私が宗教に関わらなくなったことについて何も言いません。 恐らく上記の事が頭にあるからなのかもしれません。 だからといって仲が悪いわけじゃありません。一緒に暮らして仲良くやってます。 私は、一応エホバの証人には批判的立場なのですが、おおっぴらに批判する気はありません。 辞めたいと思っているならば辞めるべきだし、エホバの証人って素晴らしいって考えてる人は続けていけばいい。ただそれだけと思ってます。 エホバの証人2世の問題に関しては「昼寝するぶた」さんで詳しく書かれています。
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JW関連




なんと言いますか、とりあえず聖書が絶対なんですが、そこにニューヨークにある本部の爺ちゃん達が作った独自のルールが絡んできます。
不信感は持ってませんでしたね。エホバの証人以外は「世」と言う言い方をして、世との交友は避けるようにと言われてましたから、自分たちが正しいんだと、そう思ってました。
でも少し良いところもあります。いや、良くないかな?
道徳的にはきっちりしてます。というか細かすぎて夫婦になったら制約が多くて色々大変ですが。(これはいいけどあれはダメだとか…)
お蔭で今でもその教えが抜けず、彼女いない暦=年齢なのと風俗には行かないしタバコもすわないし酒も飲まないしで、三重の某神社の宮司さんに「何か宗教やってるの?」と聞かれたことがあります…。
宗教は主に「救い」ですから、仰るとおり信じる人が幸せになれなければダメです。
もっとも、信じ切ってる人は幸せでもないのに幸せだと思い込んじゃってる節があります。
2008/2/4(月) 午後 10:54
jeisan1965さん、はじめまして。
研究生レベルならまだいいんですが、伝道者とか兄弟姉妹になっちゃうとそれこそ辞めにくいですね。
批判はどうも面倒臭くて…。暖簾に腕押し、糠に釘という感じで…。
2008/2/4(月) 午後 10:58
こんばんは。やっぱりそうでしたか。HNからくる印象からかなんとなくクリスチャン(そう呼ぶのでしょうか?)的な感じが伝わってました。
私も兄からの関係で某仏教系の団体に在籍していた事があります。
狂信的な兄も今はすっかり覚めてしまい、代々の信者であった兄の嫁とも離婚してからは全然関係を絶ってしまったようです。
私は名ばかりで仏壇も捨ててしまう程のいい加減な信者(?)でしたが。
ある宗教をはじめると自分の本来の信仰すべき宗教が見えてくるのだと思います。私の場合は神道でしたが。
2008/2/4(月) 午後 11:10
御垣内さん、よくご存知で。その通りです。教え自体は聖書のそれが元なんですが、独自の解釈が入ります。その点でとても忠実です。
私の中で飲み込めなかったのが輸血の問題でした。
エホバの証人は神の教えが第一ですから自分の命はその次です。
でも輸血をすれば助かるけど、しなければ死ぬという状態で輸血をしないという選択が自分には飲めなかったんです。
単純な考え方かもしれませんが、神が輸血をすれば助かる命をあえて輸血をせずにそのまま死ねと考えるのかと…、そう思ったりするんですよ。
今の宗教は腐敗してる感じがします。それぞれの神の名の下に人を殺す…。
逆にそういうことをせず迫害されても屈しない所に、初期のキリスト教やカトリックに見受けられた殉教者をみるようで、そこに義を感じます。
昔は滅ぼされるのが怖かった。けど、宗教的な救いって利益を求めてる感じがするので嫌になってしまいました。今は自分の救いなんてどうでもいいと思ってます。今生きている人がつつがなく過ごせれば…。
いつも、神社に行く時は「皆さんがつつがなく過ごせますように見守ってください」と願ってます。
2008/2/4(月) 午後 11:25
http://blogs.yahoo.co.jp/kirara3343/53271570.html 古術のきららです。賛同できましたら署名お願いします。
2008/2/4(月) 午後 11:41
どんな宗教であれ本部があり、教義に特色も必要ですので、ある程度は差のようなものが、独自の解釈になると思います。これがないと逆に宗派としての存在意義が無くなります。極端すぎるぐらいの方が宗教としては、一般市民の興味を引くでしょう。営利活動が難しい宗教では、布教がすべてであり、極端すぎる戒律を守り、長期で行うほど団結力も高まります。しかし、これ自体も色に例えると白か黒にすぎず、善極まれば悪であり、悪極まれば善となるに過ぎないでしょう。
[ 御垣内 ]
2008/2/4(月) 午後 11:48
ハヤチさん、エホバの証人でもクリスチャンって呼んでますね。
キリスト教チックだと見抜かれてましたか…。
確かに宗教をやってみて、それで信仰すべき宗教が見えてくるのかもしれませんね。
2008/2/4(月) 午後 11:52
きららさん、後ほど伺います。
2008/2/4(月) 午後 11:53
大切なのは、「自分で選択したかどうか」なのではないでしょうか?
誰かに勧誘されてある宗教に入信されたとしても、それはご本人の縁であり、たとえ友人・知人を勧誘したとしてもその友人が幸せであると言ってくれたなら、それは、善だと思います。逆もまた然りではないでしょうか? 結局は、類は友を呼ぶがごとくお1人、お1人ご縁のある場所にたどり着くことになるでしょう。その過程で誰かを非難したり、されたりすることも、誰かを助けたり、助けられたりすることもあると思います。
[ 御垣内 ]
2008/2/5(火) 午前 0:04
御垣内さん、そこですね。自分が良いと思ってればそれで良いと思います。私は合わないと思って辞めた。それでいいんですよね。
嫌だからと言っていちいち批難してても、当人が良かれと思ってやってるなら辞めさせるわけにも行きませんし。
2008/2/5(火) 午前 0:11
そうだと思います。キリスト様やマリア様が夢に出るくらいの方なら、それこそ、キリスト教がその方の幸せでしょう。江原さんのように観音様が守護しているなら、観音様が幸せのはずです。
ただし、人によって幸せが違うと認めると宗教の成立や信者獲得に影響を及ぼすのでそれを認めるものが悪になりやすいだけだと考えます。 神道や神社は宗教の逆バージョン。これもまた真なりではないでしょうか?
[ 御垣内 ]
2008/2/5(火) 午前 0:24
沖縄元JWから飛んできました。ブログでは「もんた」と名乗っているのですが、どうしたら皆さんのように、凝ったニックネームを作れるのかなと、、、後でヤフーブログの使い方勉強します。
伽月さんもお母さんのことでは大変でしたね。僕もいまだにJW後遺症をひきずり、自律神経や不安症候群???で、抗うつのパキシルという薬の、一番少ない錠剤を呑んでいます。もっとも今はかなりよくなり必要ないとは思いますが、、、。
北海道?ですか。魚介類はおいしいし、温泉はあるし最高では?沖縄は風情を感じるものが少なくうらやましいです。神社仏閣めぐりもいいですね。昔にどうやって建造したのか、考えにふけるのは僕も好きです。日本1周とかしてみたいですね。
[ pre*wo*ina*a ]
2008/2/5(火) 午前 4:37
御垣内さん、私は夢に神が出てきたことは無いですし、神を感じたことも無いですから、何ともいえませんが、神道が一番居心地がいい感じがしますね。
2008/2/5(火) 午前 11:34
もんたさん、ハイサイ!
ちなみに私のHNは名前の漢字を変えただけですよ。
現役さんや元JWの方も結構精神的に参ってる方が多いと思います。
うちも両親が二人ともそうで、父は未だにもんたさんと同じように薬を飲んでます。精神的に辛い宗教でしたよね。
北海道は確かに魚介類は産地みたいなもんですから美味しいです。でも、沖縄も海は綺麗だし自然もあるし、逆にいいなぁって思いますよ。
前の会社の出向先のお姉さまが豊見城出身のウチナーンチュで、海が恋しいって言ってましたよ。関西弁とウチナーグチと富山弁を織り交ぜて話すので、ちょっとだけウチナーグチは覚えました。
2008/2/5(火) 午前 11:48
内緒様、宗教も色々悪い点もありますからね。新興宗教に限らず…。
悪いとして信者は悪いと思って信じているわけではありませんからね…。
エホバの証人の人とそうでない人が結婚した時や内緒様のような状態の場合は、大変になってくるのが親同士の付き合いでしょうか…。
エホバの証人はエホバの証人以外の方法での結婚式や葬式などをしませんので、どういう風にするかとかで揉めたりすることもありますね。
2008/2/5(火) 午後 1:17
コメントありがとうございます
ファンぽちしていきますね
2008/2/5(火) 午後 3:52
はなまるさん、ありがとうございます。
こちらもファンポチさせていただきますね。
2008/2/5(火) 午後 4:11
内緒様、うちはしばらく疑問に思わずに「あぁ、そういうもんなんだ」って思ってしまってたので…
キリスト教も長い年月をかけて色々変わってきています。しばらくはローマ帝国の迫害にも遭ってますし、((例)グラディエイター)ローマカトリックも勝手に煉獄を作っちゃったり…。
結局合わないなと思ったのが大きいですかね。
2008/2/9(土) 午後 3:12
検索できました。
はじめまして(^O^)/
わたしの母は、輸血拒否で亡くなりました。
今日が亡くなって10年目です。
悲しいし悔しいけど、わたしなりにお線香を立てて供養しています。
母は喜ばないかもですけどね。
ポチ☆
2011/3/29(火) 午後 9:28
>チェリーさん、大変遅れてしまい申し訳ありません。
悔しい心情お察しします。うちも父が現役なので「なにかあったら輸血はしてくれるな」と言われています。
血は避けるべきと聖書には書いてはいるという事ですが、それで死ぬようでは真の神の言葉だとは思えません。
70年代だったかの大ちゃん事件以降、輸血拒否カードが作られて、エホバの証人の中ではあまり輸血拒否で死亡したという話は聞いていなかったのですが、看護婦の親類によれば結構輸血拒否で亡くなってる人は居るよとのことでした。
今はだいぶ緩くなって一度出血した血をまた戻すという方法だとか良心に任せるような感じになっているようです。ただ無輸血治療が正しいというわけではなく、大量失血してしまえば輸血以外の方法はないのですから、家族より神なんですよね…エホバの証人は。
2013/11/12(火) 午後 3:54