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住所:滋賀県野洲市五条566 延喜式内社:近江國野洲郡 兵主神社 (名神大) 旧県社、三十番神 神紋:亀甲に鹿角、二重亀甲に花菱 祭神:八千矛神(やちほこのかみ、大国主神)、手名椎神(てなづちのかみ)、足名椎神(あしなづちのかみ) 例祭日:5月5日、9月16日 最寄の交通機関:JR東海道本線「野洲駅」、近江鉄道バス「兵主大社前」 兵主大社は滋賀県野洲市の東海道本線「野洲駅」から北へ6kmほど走ったところに鎮座しています。 中学校の隣に鎮座していて、結構参道が長く、鳥居・楼門の前が駐車場になっています。 また、仏教守護のため日本の神々が1ヶ月の30日間を交代で守るという『三十番神』の28日目・兵主大明神、本地仏として不動明王が割り当てられています。 景行天皇58年(128年)、景行天皇は皇子・稲背入彦命に命じて大和国穴師(現在の奈良県桜井市・穴師坐兵主神社)に八千矛神を祀らせ、これを「兵主大神」と称して崇敬しました。 それから少しして、景行天皇が近江国・高穴穂宮への遷都したのに伴い、稲背入彦命は宮に近い穴太(滋賀県大津市坂本穴太町)に遷座しました。 その後、欽明天皇の時代に穴太から稲背入彦命の子孫・播磨別(はりまわけ)の一族が琵琶湖を渡って移住した際に、現在地に遷座して社殿を造営し鎮座したのが兵主神社の始まりです。 神職は代々、播磨別の子孫が世襲しています。 延喜式神名帳では名神大社に、治承4年(1180年)には正一位勲八等兵主大神宮の勅額が贈られています。 中世には、「兵主」を「つわものぬし」と読むことより、武士の厚い信仰を得ており、源頼朝が奉納した小袖(重要文化財)や、足利尊氏によって神宝の寄進や社殿造営があり、江戸時代には、徳川家光から社領の寄進を受けました。 庭園は国指定名勝に指定されています。見学は有料で一般300円、学生200円です。 余談ですが、2006年の大河ドラマ「功名が辻」で、桶狭間に向かう信長が熱田神宮で戦傷祈願するシーンで使われた神社がこの兵主神社です。 こちらも、スタンプです。もしかして滋賀県はスタンプ率高い? ちなみに右上のは「亀甲に鹿角」という神紋です。かなり珍しい。 しかし、有名な神社なのに写真を2枚しか撮って無いとは何たることか…。
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寺社仏閣・滋賀県(15)




本当に写真は2枚こそ撮らなかったの〜〜。残念。
神紋は今まで気にしていなかったので、全く知識がありませんが、これから注意して見ることにします。
2008/2/26(火) 午前 3:21
ほんとに好きなんだね!
2008/2/26(火) 午前 8:07
NORIさん、SDカードの容量の関係もあって多くは撮れなかったんですが、にしても少なすぎですね。
2008/2/26(火) 午後 1:04
ジェイさん、神社とかのほうが落ち着くので好きですね〜。
2008/2/26(火) 午後 1:16
あれっ?コメントが反映されてない!
伽月さん、ゴメンネ!なんか勝手にTBしたみたいになっちゃってるけど、TBした時にコメント入れたんだけど(^^;
写真が2枚との事なので、私のほうでもう少し追加で〜す^^。
ついでにご朱印も^^。
2008/2/26(火) 午後 5:49
トオルさん、いえいえ勝手にTBしちゃってください。
しかし、もうちょっとじっくり見とけば良かったです…。
ピンポンダッシュならぬ御朱印ダッシュみたいな感じだったので…。
2008/2/26(火) 午後 8:28
急ぎで参拝したので由緒もよく知りませんでした。記事ありがとうございます。
2008/2/27(水) 午前 0:15
熱田北条さん、いえいえ、私も由緒書もらわなかったので調べてみて色々分かりましたよ。
2008/2/27(水) 午前 11:42
ここはトオルさんのブログで初めて知りました。楼門も拝殿もとっても個性的。やっぱり神社建築はご祭神とりも地方で特色がありますよね。+。:.゚ヽ(*´∀`)ノ゚.:。+゚
そういえば、トオルさんのブログの写真と比べて、狛犬の包帯が少ないかも?
2008/2/28(木) 午前 1:01
Keiさん、ここも個性的ですよね。狛犬はトオルさんのほうが明らかに包帯の巻き方が凄くなってますよね…。2年間に何が…。
2008/2/28(木) 午後 0:42