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札所:盛岡三十三観音・第27番 宗派:曹洞宗 本尊:釈迦牟尼仏 最寄の交通機関:JR山田線「上盛岡駅」、循環バスでんでんむし号「本町通一丁目」下車 報恩寺は盛岡市街の北側、寺町の名須川町にあり、「五百羅漢」で有名なお寺です。 「山門」 「中門。元は盛岡城の城門として使われていたらしい。」 創建は応永元年(1394年)に南部家13代目・南部守行によって、三戸の八幡山下に創建され、慶長6年(1601年)に、南部利直により三戸から現在地に移転されました。 幕末の戊辰戦争では南部藩は幕府側についたため、南部藩の家老で、軍を率いて戦った楢山佐渡は後に新政府側から責任を負わされ、この報恩寺で刎首されました。 また、石川啄木も周辺の北山一帯をよく訪れていたようで、詩集「あこがれ」の中の「落瓦の賦」では、「社陵の学舎にありし頃、秋のひと日、友と城外北邱のほとりに、名だゝる古刹を訪ひ…」と書いています。 宮沢賢治も報恩寺で参禅したこともあります。 「本堂」 「羅漢堂」 報恩寺の本尊は釈迦牟尼仏像。脇侍の文殊・普賢菩薩像と共に聖徳太子作と言われる仏像で、元々は奈良の中善寺の本尊だったもので、享保年間に報恩寺に迎えられました。 羅漢堂中央の大仏盧舎那仏像は弘法大師・空海の作といわれ、これも元々は奈良県明日香村の橘寺の本尊で、京都を経て、享保年間に報恩寺に迎えられたと伝わる仏像です。 羅漢堂の内部全周には五百羅漢が鎮座しています。五百というのは「多数」という意味で使われていますが、報恩寺の五百羅漢は499体の羅漢像が現存しています。 この羅漢像は享保16年(1731年)に、報恩寺17世住職の曇樹一華和尚が願主として造られ、4年後の享保20年(1735年)に現在の羅漢堂が建造され、その中に収められました。 羅漢像は中国・天台山像を模倣して京都で造られたもので、造ったのは駒野丹下をはじめとする9人の仏師で、現在は盛岡市の指定文化財となっています。 五百羅漢は京都の三十三間堂の仏像と同じように、一体一体個性的な顔や姿で、中にはマルコ・ポーロやフビライを模したと言われる羅漢像もあります。 「左がマルコ・ポーロ、右がフビライらしい。」 開館時間は9:00〜16:00。拝観料(羅漢堂)は300円。御朱印込みだと500円です。
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寺社仏閣・岩手県(19)




羅漢さんの表情がいいなー。
2008/5/6(火) 午後 10:49
ヒロ爺さん、なかなか羅漢さんの表情やしぐさが人それぞれで見てて大変面白かったですよ。
2008/5/9(金) 午後 9:08