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旧村社 神紋:三つ葉葵 祭神:[主祭神]火産霊命(ほむすびのみこと) :[配祀]罔象女命(みずはのめのみこと)、大山祗命(おおやまずみのみこと)、日本武尊(やまとたけるのみこと) :勝軍地蔵尊、普賢大菩薩 例祭日:9月24日 最寄の交通機関:JR「新橋駅」から徒歩20分、地下鉄日比谷線「神谷町駅」徒歩5分 愛宕神社は、林立するビルのため目立たないが、東京都心としては珍しい自然の山・愛宕山(海抜26m)の山頂に鎮座する神社で、『出世の石段』で有名な神社。 火の神様である火産霊神(ほむすびのみこと)を祀っている。 芝の増上寺からは北に歩いて10分ほどの場所にある。 創建は慶長8年(1603)9月24日に徳川家康の命によって、奉行・石川六郎左衛門尉が仮殿を建立したのが愛宕神社の始まり。 ちなみに愛宕神社の総本宮は京都の愛宕神社。 慶長15年(1610)に本社、末社、仁王門、坂下総門、別当所などが将軍家の寄進により建立されたほか、元和3年(1617)に2代将軍・徳川秀忠が、武蔵国豊島郡王子村に社領二百石を寄進されるなど、幕府からの尊崇も厚く、また、万延元年(1860)3月3日に「桜田門外の変」で水戸浪士達が井伊直弼を討ち取る前に祈願を行ったのがこの愛宕神社です。 社殿は嘉永2年(1849)の江戸大火災で焼失し、明治10年(1877)9月に再建されますが、大正12年(1923)9月1日の関東大震災、昭和20年(1945)5月24日の東京大空襲と、度重なる禍により太郎坊神社以外の社殿が灰燼に期しますが、昭和33年(1958)9月に再建され現在に至ります。 愛宕山は駅のプラットホームでかかっている『鉄道唱歌』の第1集1番の 汽笛一声新橋を はや我汽車は離れたり 愛宕の山に入りのこる 月を旅路の友として の中で歌われている山で、明治元年(1868)3月13日の江戸総攻撃の前に、勝海舟が官軍の西郷隆盛を愛宕山に誘って、眼下の街が戦火に遭うことがないように説得したとも言われています。 神社への86段ある階段は男坂呼ばれていて、上るにしんどく、下るに恐ろしい急な階段です。 この男坂ですが、別名を「出世の石段」と言います。 寛永11年(1634)1月28日に、江戸幕府2台将軍・徳川秀忠の命日に、3台将軍・徳川家光が芝の増上寺に参詣の帰りに、愛宕山の梅の花を観賞の際に、丸亀城主・生駒雅楽頭の家臣・曲垣平九郎盛澄が馬でこの階段を登り国家安泰を祈願してから梅の花を手折り、階段を下りて将軍に梅の花を献上した事から日本一の馬術の名人として有名になったことから「出世の石段」と呼ばれるようになりました。 |
寺社仏閣・東京都(7)



ここも東京での神社巡りには外せない神社さんですよね。
次回東京へ行くときはココ行かなきゃ。
この御朱印はいいですね〜〜。
字も上手だし、「弥生晦日」って、カッコイイーー^^
これは秀逸です。
2010/4/17(土) 午前 9:09
>トオルさん
東京五社とか十社とか別表神社でもないですが、有名な神社ですよね。
シンプルですが個性のある中々の御朱印だと思ってます。
2010/4/17(土) 午後 9:27