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旧国幣小社、別表神社 神紋:輪宝 祭神:武甕槌神、大彦命 例祭日:5月8日 最寄の交通機関:JR秋田駅前から秋田市営バス土崎線「寺内コミュニティ・センター前」下車 古四王神社は、秋田県秋田市の北部、かつて秋田城があった高清水岡の近くに鎮座している秋田県内唯一の旧官国幣社で、秋田・岩手・山形・新潟にある古四王神社の総本社でもあります。 創建は、第10代・崇神天皇の御代、四道将軍の一人・大彦命(開化天皇の兄)が北陸・奥羽へ蝦夷平定に派遣された際、北門の鎮護として葦原之中津国の平定に功のあった武甕槌命を齶田浦神(あぎたのうらのかみ)として祀ったのに始まる。 ちなみに北陸に進軍した大彦命と、東海道を進軍した子の武渟川別命が合流したところが相津、のちの会津であり、そこに鎮座しているのが岩代国一宮・伊佐須美神社です。 後に斎明天皇4年に阿倍比羅夫が秋田地方に遠征した際に、祖先でもある大彦命を合祀して越王(古四王)と称して祀るようになったという。 かつてこの地は齶田村(あぎたむら)と呼ばれており、『続日本紀』には、天平5年(733)に出羽柵を高清水岡に移したという記載があり、後に秋田城となって北辺防備の根拠地となり、坂上田村麻呂もまたこれによって武勲を立てた。 また『三代実録』にある出羽国正六位上高泉神並従五位下とあるのは、この古四王神社のことであると菅江真澄の「真澄遊覧記」に書かれている。 中世以降、神仏習合となり古四王大権現・古四王寺・四王堂と称され、境内に田村麻呂を祀る田村堂(田村神社)のほか太子堂、大日堂、釈迦堂、鐘撞堂などを有して、別当は真言宗東門院であった。 武家及び衆庶の崇敬篤く、藩主佐竹氏は社領として60石を寄進している。 明治9年に県社、明治15年4月29日に国幣小社に列格。 特殊神事として、年頭七日間酒肴を避け物忌精進し、1月8日に忌明けとする年頭忌明祭や、5月8日の例祭当日神幸の際に、その年の豊凶を占う年占が行われる。 それは、長さは一丈あまり、径は3寸くらいの杉でできた糊付矛(ノリツケボウ)の3分の2ばかりの所に米の粉を水に溶いたものを塗り、氏子両人、烏帽子大紋を着けて、各その一本を担い神輿の列に加わり、還御の後は神職がその桙を神前に納める。 この米粉の粘り方によりその年の豊凶を占い、米粉の落ち、剥げ方により落穂の多少を占う神事である。 「田村神社」 周辺には菅江真澄の墓や、秋田の地酒「高清水」の由来になっている「高清水霊泉」、そして北には秋田城跡、秋田県護国神社が鎮座しています。 ちょうどタイミングよく宮司さんが戻ってこられて御朱印を頂けました。 周辺の観光マップもいただいて大変助かりました。
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寺社仏閣・秋田県(6)





秋田県って、日本で唯一、一ノ宮が無い県なんですよね。もしその候補があるとしたら、私はここの古四王神社さんが良いんじゃないかなぁーって思うんですけど、実際に参拝してどう思いました?写真を見た感じでは、もうちょっと綺麗に整備する必要があるかもなぁ。せめて下草を刈り取って玉砂利を敷くぐらいして欲しいなぁ。それだけでも参拝者も増えるだろうし、雰囲気も大きく違うような気がするし。
2010/8/8(日) 午前 1:44
>Keiさん
そういえば出羽国一宮は山形県ですもんね。
一宮が国府から近いという条件で考えれば、出羽国府は秋田城に移っているし、秋田城と同じ高清水岡に鎮座しているので、個人的には一宮格だと思います。
羽前・羽後に分かれてるから、羽後国一宮でもいいんじゃないかなって印象です。
ただ印象としては社殿周りが寂しいというか手が入っていないという感じがしたので、整備次第ではかなり良くなると思いますね。
2010/8/8(日) 午後 2:21
参拝のご利益が早速出ましたね。宮司さんの直筆ご朱印を貰うなんて。
2010/8/9(月) 午後 9:24