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旧村社 神紋:五三の竹、左三つ巴 祭神:[主祭神]八幡山大神(はちまんやまおおかみ) [配祀]天照皇大神、伊弉諾神、伊諾冊神、須佐之男神、少彦名神、火産霊神、大山祇神、水波能売神、豊受比売神、厳島姫神、鴨若雷神、日本武尊、神功皇后、崇徳天皇、三吉霊神、猿田彦神 例祭日:7月14日、15日 最寄の交通機関: 綴子神社は、秋田県北秋田市(旧鷹巣町)綴子に鎮座する神社で、八幡宮としては東北最古と言われ、中でも例大祭である綴子太鼓祭りは、ギネス認定の世界最大の太鼓を用いた祭りとして有名。 社伝によれば斉明天皇5年(659)、朝廷の命令を受けた阿倍比羅夫将軍が蝦夷を治める為に、肉入籠(ししりこ・綴子の語源)に至って、戦勝祈願と北秋田地方の鎮護として、東日本では珍しく九州豊前国(大分県)の宇佐神宮から八幡大神を直接勧請し、地主神と併せ祀ったのが創建といわれています。 弘長2年(1262)以前、当社社家の初代である常覚院元瑞道亨(じょうかくいんげんずいどうきょう)が、浅利氏と共に近江国より派遣され、この地方の鎮護である綴子八幡宮を再興し旧綴子村開村。 国重文指定の胡桃館遺跡の信仰対象の神、田代山神社・七座神社の遥拝所としての機能も古くから持ち、時の武将・鎮将の八幡信仰は誠に篤く、近世には氏子崇敬者の篤い誠心により社殿・境内・諸施設とも整い、その畏き神恩無窮の大御光のまにまに、時代を問わず綴子郷中の氏子を始め、旧北秋田地方の総社として日本人の心の拠り所、心の故郷として篤く深く崇め奉られております。 平成21年には鎮座1,350年式年大祭奉祝事業が厳粛盛大に斎行されました。 綴子神社は古くは宇佐八幡宮・八幡宮と呼ばれていましたが、明治6年に村社に列格すると共に八幡神社と称し、明治43年に15社を合祀して現在の綴子神社と改称しました。 御神木「千年桂」 綴子大太鼓祭りは、綴子神社の例大祭として毎年7月14日、15日の2日間行われます。 上町は葵の紋の徳川方、下町は千成瓢箪の纏を馬印とした豊臣方に分かれ一年交代で綴子神社に大太鼓を奉納します。 行列の順序は上町下町で多少異なりますが、露払いの太夫、棒使い、団旗、陣旗などから始まり獅子役、笛吹役、小太鼓、中太鼓、大太鼓、運搬役、世話役、指揮役と続きます。 神社についた後、今年を占う神事を執り行い、太夫の口上、獅子踊りなどが奉納され、子供たちも参加します。 大太鼓祭りは、今から約700年前の弘長2年(1262)ころから始まったと伝えられています。 当時の綴子村は灌漑用水の不足に悩んでいました。そのためあまごいのための神事として始まったと言われています。 さらに田植後の虫追い、五穀豊穣、豊年満作などの願いが込められています。 上町地区、下町地区に分けられるこの地区は先陣を争って奉納し、毎年けが人が耐えませんでした。そこで昭和初期から一年交代で奉納することになりましたが、太鼓の大きさを競い合うようになり、やがて昭和61年に下町が製作した直径3.71mの大太鼓が平成元年に世界一の大太鼓としてギネスに認定されました。 その後平成4年上町が直径3.80mの太鼓を製作し、ギネスに認定はされていませんが、こちらが世界一の大太鼓になっています。 なお、この大太鼓は祭りの時以外は、道の駅たかのすにある「大太鼓の館」に展示されています。 参拝したのは平成22年7月末、ちょうど例年にない大雨の時で、秋田県内の川とかは結構危険水位まで上がってて、土砂災害が起きるんじゃないかと心配するほどでした。 参拝時、宮司さんは居られなかったようですが、貴重な話を聴くことができました。 帰り、傘を持参して無かった私に傘を貸してくださって、参道前の道路に停めていた車まで送って頂きました。その節は大変助かりました。ありがとうございました。
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寺社仏閣・秋田県(6)





丁寧な取材で、いい記事になっていますね。太鼓は見事ですね、ギネス認定が分かります。ポチです
2010/8/9(月) 午後 9:20
>ヒロ爺さん、すごい今更になってしまって申し訳ありません。
そう言っていただけると嬉しいです。ありがとうございます。
太鼓には上に何人かが乗って長い棒で叩くんですが結構な大きさでした。
2011/5/31(火) 午後 11:31