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旧官幣大社、別表神社、二十二社、大和神社別宮、神仏霊場 延喜式内社:大和國吉野郡 丹生川上神社 (名神大 (月次・新甞)) 神紋:十六八重菊 祭神:[主祭神]罔象女神(みずはのめのかみ) :[配祀] 例祭日:10月8日 最寄の交通機関: 御朱印帳の有無:不明 丹生川上神社・中社は、奈良県吉野郡東吉野村にある神社。 丹生川上神社には上社・中社・下社の3社があり、別名・雨師明神、丹生明神と呼ばれ、いずれも延喜式内社(名神大社)で、旧官幣大社、二十二社、現在では神社本庁の別表神社に指定されており、最近制定された神仏霊場の一つにもなっている。 創建は、天武天皇の治世の白鳳4年(675)の創祀と言われており、『類聚三代格』(るいじゅさんだいきゃく)には、 「人聲の聞えざる深山吉野の丹生川上に我が宮柱を立てて敬祀らば天下のために甘雨を降らし霖雨を止めむ」との御神託により祀られたのが始まりとある。 また京都・貴布禰神社と同じく、古来より祈雨の時には黒毛の馬を、止雨の時には白毛の馬を奉納するのが習わしになっており、『続日本紀』の天平宝字7年(763)5月庚午と、宝亀8年(777)5月・8月の項にその事が記載されている。 延喜式の神名帳では名神大社に列せられ、神階も弘仁9年(818)に従五位下、元慶元年(877)に正三位、寛平9年(897)に従二位。 祈雨祭85座のうちの1座でもあり、大和神社の神主が遣使に随行するなど、室町時代までは祈雨・止雨奉幣の遣使が記録されているだけでも数十回あったが以後は衰退し、神社の場所すら分からなくなった。 現在の中社は、社伝によると中世よりたびたび造改築されたらしく、慶安3年(1650)には、旧社地に丹生神社を新造し、本社を金剛峯寺の鎮守神に倣って「蟻通明神」と改称したと伝わる。 丹生川上神社については、江戸時代から行われてきた延喜式内社の研究の結果、式内社と比定され朝廷からも崇敬されてきた下市町長谷の現在の下社が明治4年(1871)に官幣大社に列格されるが、『類聚三代格』寛平7年(895)の太政官符にある丹生川上神社の奉納神馬放牧の禁猟地が「東限塩匂、西限板波滝、南限大山峯、北限猪鼻滝」との記載から、高?轗神社の方が場所として合致するということで、明治7年(1874)に下市町の丹生川上神社を「口の宮」、川上村の高?轗神社を「奥の宮」、明治29年(1896)にそれぞれを官幣大社丹生川上神社「下社」「上社」として列格される。 その後、大正11年(1922)に東吉野村の蟻通神社が本来の丹生川上神社とされたことから、蟻通神社を「中社」、中心の社として、3社とも官幣大社・丹生川上神社とされることになった。 上社と同じく2005年の名古屋出張時に参拝。 参拝時は拝殿が工事中でまともに社殿が見えずはっきり言ってよく分からなかった。 ただ水神に相応しく、高見川が目の前に流れているし、境内には丹生の真名井という井戸がある。 もう一度参拝したいけど、近畿に行く機会やアクセスの問題もあって何時いけるんだろうと…。 そういえば、神主さんに私が北海道出身だと言ったところ、「同期が北海道池田町の池田神社の神主だよ。」と言っておられたような気がする。
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寺社仏閣・奈良県(48)





ここ私も参拝しましたよ。とっても奥まったところにあったけど、雰囲気は良かったです。何となく清流の清清しさをそのまま、まとった神社さんって雰囲気でした。工事中だったのは残念ですね。もう工事も終わっているでしょうから、私もまた参拝したいです。
2010/8/31(火) 午後 9:53
>Keiさん
深山幽谷の中の社という感じで雰囲気いいですよね。
今度時間見つけて参拝しに行きたいです。
2010/9/1(水) 午前 4:27