|
住所:京都府京都市伏見区御香宮門前町174 (N34°55'54”,E135°46'10”) 旧府社、京都16社、神仏霊場125社寺 延喜式内社:山城國紀伊郡 御諸神社(小) 神紋:三つ巴、橘 祭神:[主祭神]神功皇后 :[配祀]仲哀天皇,応神天皇,宇倍大明神,滝祭神,河上大明神,高良大明神,仁徳天皇,菟道稚郎子尊,白菊大明神 例祭日:4月17日、10月1日、10月10日 最寄の交通機関:近鉄「桃山御陵前駅」下車、徒歩5分 御香宮神社は京都市伏見区にある神社で、神功皇后を祀る神社。 境内には社名の由来とされる名水百選にも選ばれた「伏見の御香水」が湧き出ている。 近鉄桃山御陵前駅を下りて東に歩いて行くと朱塗りの鳥居が見えてくる。恐らく御香宮神社の一の鳥居だと思うが、鳥居をくぐって少し歩くと、左手に御香宮神社の表門がある。 「表門(伏見城大手門)」 この表門は現在の明治天皇陵がある場所にかつて存在した伏見城の大手門を移築したもので、元和8年(1622)に水戸徳川家の祖となった徳川頼房の寄進。 表門をくぐり更に進むと、右手に桃山天満宮がある。 「桃山天満宮」 桃山天満宮はその名のとおり、学問の神様・菅原道真を祀っている神社。 昔、御香宮神社の東に蔵光庵という寺があり、室町時代の1390年頃にこの寺の僧の夢枕に菅原道真が立ち、その数年後に同門の僧から菅原道真の画像が贈られ、その姿が夢で見た姿と同じだったことから寺の中に天満天神として祀ったのが始まりで、江戸時代には「山ノ天神」として伏見の寺子屋の子供達は2月と6月には必ず参拝していましたが、次第に荒廃してきたため観音寺の僧・教覚が町の中に遷座しようと本谷市造と宮大工・坂田岩次郎の協力を得て天保12年(1841)に20年の歳月をかけ完成して現在に至る。 天満宮の周りには伏見城の石垣の残りがゴロゴロと散らばって残っている。 「伏見城残石」 境内を更に進むと見えてくるのが割拝殿。 これも伏見城の遺構の一つで、車寄せとして使われていた建物といわれ、寛永2年(1625)に紀州徳川家の祖・徳川頼宣が石鳥居と一緒に寄進した物。 ちなみに尾張・紀伊・水戸の御三家の祖はこの御香宮神社を産土神としており、秀忠の長女の千姫も伏見城で産まれたことから重量2.3トンもの豪華な神輿を寄進している。 「割拝殿(伏見城車寄せ)」 拝殿をくぐるとすぐ本殿があり、その左脇に「御香水」が湧き出している。 「本殿」 本殿は慶長10年に徳川家康の造営によるもので、流造の檜皮葺で極彩色の絵画と彫刻が施された桃山建築の特色を残したもので、国指定重要文化財に指定されている。 「伏見の御香水」 御香宮神社には平成22年12月26日に参拝。 朝に京都のホテルを出発して桃山へ。その日の予定の最初がこの御香宮神社で、ここから徒歩で桓武天皇陵→伏見桃山城→明治天皇陵・昭憲皇太后陵→桃山南口周辺から京都アニメーション作品の探訪開始→六地蔵→木幡→黄檗山萬福寺→三室戸寺。という強行軍を予定していた。 結局時間が無くて三室戸寺までは行くことが出来ず、足の痛みもあって結構シンドかったです。
|
寺社仏閣・京都府(9)





お寺のような神社ですね。朱印が重厚感が有って良いですね。
強行軍、大丈夫ですか。
2011/1/8(土) 午後 9:46
>ヒロ爺さん
やはり城を移築してるというのがそういう印象を与えるのかもしれませんね。
強行軍は体力的には問題ないのですが、左足の親指が痛くて歩くのが辛かったです。
2011/1/9(日) 午前 0:35