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アイエエエエ! ジンジャ!? ジンジャナンデ!?
旧・クモノカケラのブログです。道南から神社・お寺の御朱印情報などを二次元も絡めて発信します。

書庫寺社仏閣・京都府(9)

許波多神社(五ケ庄) (こはたじんじゃ)



住所:京都府宇治市五ケ庄古川13 (N34゜55'00",E135゜47'38" )

旧郷社

延喜式内社:山城國宇治郡 許波多神社三座 (並名神大 月次新嘗)

神紋:左三つ巴

祭神:瓊々杵尊、正勝吾勝勝速日天忍穂耳命、神日本磐余彦尊

例祭日:11月3日

最寄の交通機関:京阪宇治線「黄檗駅」下車、徒歩15分






許波多神社は京都府宇治市五ケ庄に鎮座する神社で、延喜式内の許波多神社に比定されている。

同じ名前の「許波多神社」が当社から北の木幡東中にも鎮座しているが、由緒はそれぞれ違う。(前の許波多神社の文章使い回し…)

イメージ 1

イメージ 2

孝徳天皇の御代である大化元年(645)、右大臣・蘇我倉山田石川麻呂からの奏上により、中臣鎌足に命じ皇祖の御神霊を奉祀するために創建したのが始まり。

創建当時は、現在地から東の旧大和村、現在の黄檗公園内(五ケ庄三番割東山柳山)に鎮座し、「許波多神社」「木幡神社」という社名だったが、後に「柳明神」と呼ばれるようになった。

延長5年(927)に書かれた延喜式神名帳には名神大社として記載されている。

冒頭でも書いたように、現在宇治市内には許波多神社がこの五ケ庄と木幡の2ヶ所あり、どちらが式内社なのかはっきりしていない。

イメージ 3

永禄12年(1569)9月、正一位の神階に叙せられた。

寛永17年(1640)の秋、五ケ庄及び近在に牛馬疫流行していたところ、領主であった近衛信尋公が牛馬疫で苦労している人々の平癒祈願をこめて、燐をたるる柳の神ならば 死ぬるをうし思ひやはせぬという歌を詠んだところ、激しかった疫病も急に収まったという。


明治9年(1876)に前鎮座地であった柳山が陸軍火薬庫用地になることから旧岡屋村にあった御旅所に移転し、社号も「許波多神社」と改称した。

イメージ 4
イメージ 5

神社は木幡の木幡神社と比べると鬱蒼としてる感じ。

ちょうど年末だったので本殿の周りを神職さんと思しき方々が掃除をしていて、そんな折の参拝だったので、ゆっくり境内を見て回れなかったのが残念。



御朱印はこれも個性といえばそれで終わってしまうのかもしれないけど、せめてプリントではなくてスタンプだと「お気持ち」を渡すときも個人的には「シカタガナイネー」となるのだが…。

本人の考え方かもしれないが御朱印に何らかのご利益があると思ってる人間だとすれば、御朱印ひとつにしても、朱印を押す+墨書をすることで何らかの念というものが込められると思っているので残念ではある。

神符もプリントに朱印押したものでも神棚に祀ってるのではあるけどもね。

イメージ 6


まぁそれはおいておいて、神社の東には、隠元橋があるが、元々この隠元橋の下を流れる宇治川は巨椋池と呼ばれる湖で、このあたりは黄檗宗萬福寺を建てるために資材を陸揚げした場所があり、この隠元橋は萬福寺の開祖・隠元禅師に因んで名付けられた橋。

ちなみに、神社の前の道を東に向かってまっすぐ歩いて行くと萬福寺にたどり着く。

  • ここ、ここです^^

    思わず通り過ぎてしまいUターンして到着しました(笑)
    駐車スペースもなかったので、重文の看板の前に止めました(^^;

    同じご朱印だ〜^^

    って当然か(爆)

    トオル

    2011/2/12(土) 午前 10:21

  • 顔アイコン

    >トオルさん
    ここちょっと分かりづらいですよね。道路に面してる間口が狭いし。
    確かに駐車場無いですね。うちは伏見から徒歩だったので問題はなかったですが…。

    高倉伽月

    2011/2/12(土) 午後 2:50

  • あたしも、YahooでBlogを書いていますが、YahooBlog内で木幡神社を検索するとこの記事が一番新しい状態でした。
    許波多神社(五ヶ庄)のお社は、明治期まで山側に有り、更にそれ以前は、黄檗山万福寺とも、寺領・社領を争う事が記録に有ります。

    ただ、様々な故事来歴から、記録は単に散逸・消失したばかりでは無く、矛盾するものも伝わっているようですね。
    良い記事を有難う御座います。

    みぃにゃん

    2012/2/27(月) 午前 6:57

  • みいにゃんさん、参拝したとはいえ、きちんと地元の文献とか調べたわけでは無いので詳しく書くのはこれが関の山でした。
    萬福寺とはわりと近いですから、しかもかたや黄檗宗総本山、かたや式内社の名神大社なので争いもあったんでしょうね。

    高倉伽月

    2012/2/28(火) 午後 1:35

  • はい、単純な資料では、宇治市史にも、記載が有ります。(散見?)
    鉄道系の人の調査〜著作(Net含む)や、軍事系の人の調査〜著作(同じ)が、役立つ場合も有ります。
    明治〜昭和期などは、まだ新しいと言う事からか、成書・定番も無く、新しい割りに、判らない事も多いみたいです。
    特に、明治の廃仏毀釈と、昭和の戦争絡みで、尚且つ、第2線・後方支援部分の記録は、おざなりみたいです。

    木幡神社に戻って。
    明治以前に、何某かの揉め事はあったのか?
    江戸時代も、領家・村請制度の影響も有り、相給・分郷の際に、宇治の場合、所詮百姓身分と言ってすら、宇治茶・茶園経営・茶栽培の権利も絡んで、御由緒・ご一族=(名義的な場合も有る)まで、発生する=関連するので。

    よろしければ、これからも、色々教えて下さい。
    お写真も、有る意味貴重で…。
    社印などは、案外、割と近くに住んで居るから持っている訳では有りませんから。

    どうぞ、これからも、よろしくお願いします。

    みぃにゃん

    2012/3/4(日) 午後 6:44

  • 顔アイコン

    こちらこそよろしくおねがいします。

    なんかこう、資料として使えるような記事が書けるといいんですけど、参拝する神社は増えていくし、遠いから調べられないしで、それなりの物しか書けないのが残念です。

    高倉伽月

    2012/3/6(火) 午後 0:54

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