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今日は久々に電波が立つ場所にこれたので、震災関係のことを… 震災直後にも一度書きましたが、震災の時、私は青森県太平洋沿岸の某港でコンテナ荷役中でした。 ちょうど機関室内の床をペンキで塗装中だったときに突然の縦揺れがあって、その時は荷役中ということもあってコンテナ荷役でなんかやらかしたのかなと思ってたんですが、すぐに緊急出港スタンバイとなって荷役を切り上げ急いで出港したのですが、港を出た先の防波堤のあたりで津波に遭遇し操縦不能になり防波堤に接触、引き波の影響などで船底が海底に接触。ドックで判明したことですが、もう少しでバウスラスターも損傷するところだったそうで、もう少し出港が遅れ、若干当たり所が悪ければ犠牲者の一人に自分の名前が入っていた可能性があります。金毘羅さんのお陰だ〜と言っていた人も。 私は機関制御室で待機していて、上で何が起きているか分からなかったんですが、突然の衝撃があって、もし機関室内で作業中であればケガはしていた可能性が高いです。 緊急出港後、途中の荷物がまだあったので港の沖で1週間漂泊(エンジンを止めて沖合で流すこと)していたのですが、本船の乗組員の多数は石巻などの出身のため携帯の電波も繋がらず暗い雰囲気に包まれていました。 その後、入港してから再び太平洋側を南下したのですが被災地の沖合は漂流物が多数あるのでできるだけ沖を航海するということで陸から25キロほど沖合を航海していたのですが、それでも家だったものやプロパンガス、漁船、冷蔵庫、看板、など船が避けれないほどの多数の建材が漂流しており、船体には相当の漂流物が当たっていたものと思われます。 本船も船首を陥没損傷していたので急遽ドックへ回航、緊急修理となりました。 現在は応急的にパッチを当てていますが、来月のドックで本格的な修理となります。 その時は、休暇で下船していますが…。
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やっぱりね。色々なものが漂流しているんですね。まだまだ人のご遺体が浮かんでいる場合もあるのかな・・・こういう浮遊物は船にとっては大変でしょうね。
2011/5/30(月) 午前 0:33
危機一髪でしたね。これだけの漂流物があると云うことは、海底にも多くのものが有ると云う事ですよね。
休暇はゆっくりしてくださいな。
2011/5/30(月) 午前 8:57
>Keiさん、震災から1週間ちょっと後でしたから浮いている遺体も沈んでるはずと言われていましたが…。はっきりとはわかりませんね。もし見つけた場合は遺体であっても船を停止して引き上げなければなりません。
2011/5/31(火) 午前 0:30
>ヒロ爺さん、風評被害とは違う話ですが、三陸から福島県沿岸で採れたタコとか魚は食べられないですね…。以前、奥尻で有った地震の際は髪の毛が刺さったタコが採れたという話がありました。休暇ゆっくりさせていただきます。ちょっとやられてきてるので早く下りたいです。
2011/5/31(火) 午前 0:32