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住所:和歌山県日高郡美浜町和田1788-1 (N33°53'35",E135°07'25" ) 旧郷社、国史見在社 神紋: 祭神:[主祭神]雷大神,猿田彦大神,事代主大神,天照皇大神 :[配祀]速玉彦大神,豊玉彦大神,天忍穂耳尊,天瓊瓊杵尊 例祭日:7月15日、10月第4日曜、12月15日 最寄の交通機関:御坊南海バス・日の岬パーク線「御崎神社前」下車 御崎神社は和歌山県御坊市の西隣の美浜町に鎮座する神社。 美浜町は紀伊半島最西端の日ノ御埼がある町。日ノ御埼の先は徳島県で、瀬戸内海と外海との海路の要衝にある。 祭神は猿田彦大神の他7柱。御崎神社は古来から海上交通の要衝・日ノ御埼の守護として、「南海第一御崎大明神」「日御崎大神」「導きの神」と呼ばれ崇敬されてきた。 ただ現在鎮座している場所はその日ノ御埼からはだいぶ距離がある。 元々は小池荘に鎮座していたのが、現在地の背後の山の中腹、宮の段という場所に遷座し、現在地へは貞観元年(857)に現在地に遷座。(資料によっては貞観3年(859)とも) 創建年代は不明なものの、この和歌山県日高郡ではもっとも古い神社で、当社に伝わる伝記によれば神武天皇が熊野へ入った時、神功皇后が幼い後の応神天皇にあった時、仁徳天皇の妃が熊野へ行幸したときなど参拝があったらしい。 平安時代初期の「三代実録」にも記載される国史見在社、清和天皇の治世である貞観17年(875)10月10日には「紀伊國正六位上三前神に從五位下を授けき」とあり、「紀伊国神名帳」には「日高郡正三位御崎神」との記載ががあるほか、「紀伊続風土記」には「中世には社殿壮麗で神田2町2反」と記されていることからも当時としては大きな霊験あらたかな神社であったことが分かる。 江戸時代にも紀州徳川家からの崇敬もあり、特に紀州藩第10代藩主・徳川治宝からは紀州沖を航行する船舶の安全祈願の他、天保9年(1838)5月には真筆の「海幸船守」と書かれた扁額が奉納された。 明治6年(1873)4月に日高郡で初めて郷社に列格。 境内社として金比羅神社(祭神:大物主神)、祖霊社(祭神:氏子の祖霊)、忠魂社(祭神:護国の英霊)が鎮座している。 境内には樹齢千百年以上と推定されるウバメガシの老木が2本ある。 現在地に遷座されたときに数百本が庭木として植えられたウバメガシのうちの貴重な老木であるが、そのうちの南側の一本が塩害で根が腐って来たところに木食い虫による被害がトドメとなって、平成22年現在、根元での切断が濃厚となっているらしい。 ちなみに… 御坊・美浜に来た一つの理由は、この御坊市や美浜町一帯が『AIR』(TV版)の舞台になっているからで、御崎神社も当初は作品内で登場する神社のモデルではないかということもあって、いわゆる聖地巡礼している人たち(自分も含め)が結構参拝したのではないかなと思われます。 TV版の神社のモデルは東京の谷保天満宮なのですが、TV版での登場人物は美浜町に住んでる設定のようなので、イメージ的モデルとしてはこの神社ということでいいのかもしれない。神社周辺の雰囲気は夏の快晴の時に訪れたりすると、AIRの夏の雰囲気が味わえます。 目の前の「煙樹ヶ浜」は舞台になっているようですね。 |
寺社仏閣・和歌山県(4)





社頭の姿からすると、社殿が少し期待外れの感が在りますが、岬の守護として大事なお社なんですね。
2011/10/20(木) 午後 11:28
結構な由緒を持つ神社なんですが、授与所が無いんですよね。社殿は小さいけど規模的にはそこそこなので御朱印頂けそうだと思ったんですけどね…。
2011/10/20(木) 午後 11:35
この手の小規模神社は正月三が日が御朱印ゲットのチャンスがありますよ。三が日だけ臨時で授与所が開かれたりするので。
私は小規模神社での御朱印収集は正月に狙いを定めてリサーチして溜めています。
[ まめとらあん ]
2013/1/4(金) 午前 9:00
>まめとらあんさん、多分三が日なら御朱印を頂けるだろうなって思うのですが、遠いので中々スケジュールが取れなくてですね…。今度近場狙いで参拝してみようかと思います。
2013/1/4(金) 午後 11:10