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住所:鹿児島県鹿児島市上竜尾町2-1 (N34°36’20'',E130°33’39" ) 旧無格社 神紋:三つ寄せ菊の葉 祭神:[主祭神]西郷隆盛 :[配祀]桐野利秋以下薩軍戦没者 例祭日:2月22日、9月24日 最寄の交通機関: 南洲神社は鹿児島県鹿児島市に鎮座する西郷隆盛と桐野利秋以下薩摩軍兵士を祀る神社。 社号の「南洲」は西郷隆盛の号を指す。 明治10年に勃発した西南戦争は、9月24日に西郷隆盛の自刃と城山の陥落によって終りましたが、戦後まもなく西郷隆盛をはじめ薩摩軍の英霊を祀る祠を建てようという話が起こり、明治13年(1880)1月1日に参拝所が建設。 明治20年2月に西郷隆盛は賊名を解かれて正三位を追贈されました。大正2年(1913)9月に社殿が竣工。当時は「南洲祠堂」と呼ばれていましたが、大正11年6月28日に現在の「南洲神社」という社号が許されました。 昭和2年9月には桐野利秋以下諸将士の神霊を祀る摂社が同じ境内に建てられ、10月には神社五十年祭が盛大に行なわれました。 昭和20年7月、戦災により社殿、摂社、社務所を焼失。昭和32年9月に本殿、44年4月に社務所、45年12月に拝殿が再建されました。 境内には猫がいてかなり人馴れしている様子。 この後、手水舎で水を飲んでいた…「手水舎の水を飲んではいけません」 拝殿内にある西郷隆盛の銅像と彩色像。 やはり西郷さんと犬はセットなのだろうか…。 彩色像はちょっとコミカルな感じもする。 下は西郷家の家紋である「三つ寄せ菊の葉」。 南洲神社の社紋がそうだけれど、ネットで西郷隆盛・家紋と検索するとほとんどが明治天皇から下賜された「抱き葉十六弁菊」が出てくる。 南洲神社へは参道を通らずに境内の隣にある「西郷南洲顕彰館」経由で参拝しました。 南洲神社と顕彰館の間が西南戦争で無くなった西郷隆盛や桐野利秋をはじめとする薩摩軍兵士の墓地があります。 「中央が西郷隆盛の墓。左が桐野利秋の墓」 「少年兵の墓もある。14歳とか…。」 「拝殿横にある招魂碑。後ろのプレートには戦没者の名前がきざまれている。」 「参道には大正2年に作られた電灯がある。国の有形文化財に指定。」 |
寺社仏閣・鹿児島県(3)




西郷さんは、鹿児島では神様なんですね。上野の銅像と顔が違いますね。こちらがご本人に近いのかな。
2012/10/4(木) 午後 5:18
ヒロ爺さん、なんだかんだで西郷さんですからね。顔はもう少し強面だったって聞いたことがあります。
2012/10/20(土) 午後 10:16