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住所:北海道虻田郡洞爺湖町成香 旧国名:胆振国虻田郡 神紋:右三つ巴 祭神:天照大神 例祭日:9月4日 最寄の交通機関:道南バス 倶知安〜洞爺湖温泉系統「成香」バス停下車、徒歩15分 成香神社は北海道は洞爺湖の西側、洞爺湖町成香地区に鎮座する神社。 道南住民が札幌へ向かうときに利用する最短ルート、豊浦町から洞爺湖町香川まで続く道道285号線を札幌に向かって走り、花和地区を過ぎると左手に現在は閉校になっている成香小学校があり、そのすぐ先の道路沿いにある。 成香神社の創祀は明治37年(1904)8月。 明治32年頃、屯田地区の人達が花和境の山の上に建てた神社と雨乞いのために建てられていた祠を合祀し現在地に建立したといわれている。(北海道神社庁誌) 参道入口左側には天照大神、倉稲魂命、大巳貴神、埴安媛命、少彦名命と刻まれた五角柱の地神碑があった。 「地神碑」 「社号標」 「扁額」 拝殿の成香神社扁額は建設大臣・南條徳男氏の記号によるものでした。 南條徳男氏は同じ胆振支庁の室蘭市出身で、建設大臣と農林大臣を歴任後、大東文化大学の理事長と学長をされていた方で、成香神社の扁額は石橋内閣と第一次岸内閣で建設大臣をしていた1956年12月23日から1957年7月10日の間に揮毫したもののようです。 参道の脇には「愛郷無限」と書かれた開拓記念碑が建っています。 裏に書かれていた文章は次の通り。 碑文
明治二十二年頃大木生い茂る成香の地に足跡を残した人ありと言い伝えられる。明治二十五年セタイトシマモイ(旭浦)に北海孤児院(院長 林 竹太郎)が開院す。明治二十六年孤児院はこの成香で六百町歩に及ぶ農場経営を目指して孤児及び献身者により樹木を伐採し以後開墾して黍類などを耕作し始める。明治二十八年数十戸の入植により本格的な開拓がなされる。当時の厳しい自然を相手に鍬を振い凶作にも打ちかち強い精神力で過酷な生活や寒さと対決しながら血のにじむような苦闘の末今日ある繁栄の基礎を築かれる。ここに成香開拓百星霜を迎え今日までの足跡を回顧するとともに先人の偉徳を称え村内外の人々の協力を得て成香自治会の新たなる発展を期し之を建立す。 平成元年八月 成香開拓百年記念実行委員会 成香という地名は、元々はアイヌ語のニナルカから転訛して仁成香、そして成香となったようだ。 ニナル・カは「川沿いの台地の・上」の意。 ちなみにこの成香神社に参拝した理由は、はいてない麻雀漫画である「咲-Saki-」でインターハイ南北海道代表・有珠山高校の先鋒・本内成香(もとうちなるか)の名前が恐らく洞爺湖町成香から採られていると考えられるからです。 原作では現在準決勝まで進出しており、自分も南北海道の人間なのでインターハイ優勝を祈願して来ました。 「成香ちゃんガンガレ!超ガンガレ!」 別ブログで有珠山高校に関してまとめてみました。 |
寺社仏閣・北海道(54)




内緒さま、実は敦賀までフェリーに乗って来ました。敦賀から一宮順拝しつつ山陰から九州を一周し、山陽を東に戻るルートを考えています。劔神社にはルートを戻る事になるので次に回そうかと思いますが、伊勢や愛知を通る予定です。
久保宮司の母上亡くなられてたのですか…以前お会いした時に大変お世話になったので残念です。
2013/5/6(月) 午後 11:42