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旧国幣中社、別表神社、巡洋艦「那珂」・護衛艦「いそゆき」艦内神社元宮 延喜式内社:常陸国鹿島郡 神紋:三つ巴 祭神:[主祭神]大己貴命 :[配祀]少彦名命 例祭日:9月9日 最寄の交通手段:JR「大洗駅」下車 大洗磯前神社は茨城県東部の大洗町に鎮座する神社で、古くは式内社、近代社格では旧国幣中社で、現在は神社本庁の別表神社に指定されている。 「大鳥居」 神社は大洗市街地の東側の海岸沿いの丘の上に鎮座していて、神社から海岸線を北に向かうと那珂川が、那珂川対岸のひたちなか市には大洗磯前神社と対となる酒列磯前神社が鎮座する。 車で参拝する場合は南側に車用の参道があり境内横にある駐車場から楼門をくぐって参拝することになるが、表参道は大己貴命が降臨したという磯鳥居がある大洗海岸方向に伸びている。 「磯鳥居」 「一の鳥居」 「表参道石段」 「随神門」 「拝殿」 創建は文徳天皇の御代である斉衡3年(856)。 『日本文徳天皇実録』によれば、斉衡3年12月に常陸国鹿島郡の塩焼きを行う者が夜半に海上で光り輝く物を見て、翌日見ると二個の怪石があった。次の日また20余りの小石が左右に侍坐するように見えたという。 その後、里の人に神がかりして「我はこれ大己貴、少彦名神なり。昔この国を造り常世の国に去ったが、東国の人々の難儀を救う為に再びこの地に帰ってきた」と託宣した。 この事から大己貴命を大洗磯前神社に、少彦名命を酒列磯前神社に祀ることになった。 翌年の天安元年(857)8月に官社となり、同年10月に「薬師菩薩明神」の社号が授けられた。 延長5年(927)に纏められた『延喜式神名帳』には最も位の高い名神大社に列格された。 江戸時代の元禄年間(1688-1704)に水戸藩主・徳川光圀が社殿を造営し、享保15年(1730)に現在地へ遷宮された。 明治7年9月に県社、明治18年4月に国幣中社に列格され、現在は神社本庁の別表神社に指定されている。 「拝殿」 「本殿」 拝殿前の左側には絵馬が沢山掛けられているが、最近は大洗を舞台にしたアニメ『ガールズパンツァー』で神社の参道が登場し、楼門にスタンプラリーが設置してあるため自分も含め多数のファンが訪れ、更に『艦隊これくしょん』の軽巡洋艦・那珂との関係から、絵馬はほとんどが痛絵馬という鷲宮状態に…。 社殿の右側には大神宮(天照皇大神)、静神社(建葉槌命,手力雄命,高皇産霊尊,思兼神)、水天宮(天御中主神,安徳天皇,建礼門院二位尼)が、 左側には大杉神社(大物主命)、水神社(罔象女命)、八幡宮(玉依比売命,大帯姫命,応神天皇)の境内末社が鎮座している。 「大神宮・静神社・水天宮」 「大杉神社・水神社・八幡宮」 随神門の左手、駐車場へ向かう途中に「軍艦那珂忠魂碑」が建っている。 「軍艦那珂忠魂碑」 軽巡洋艦「那珂」は川内型軽巡洋艦の3番艦で、艦内神社には大洗磯前神社の分霊が祀られていたという。 忠魂碑の文字は那珂艦長・今和泉喜次郎海軍大佐による揮毫。 ちなみに、退役した海上自衛隊の護衛艦「いそゆき」にも大洗磯前神社の神札が祀られていたそうである。 |
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2016年01月27日
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旧県社 旧国郡:周防國都濃郡 神紋:左三つ巴,三つ盛り亀甲に花菱 祭神:[主祭神]応神天皇 :[配祀]田心姫命,湍津姫命,市杵島姫命,神功皇后 例祭日:4月10日,9月第4日曜 最寄の交通機関:JR山陽本線「新南陽駅」下車、徒歩12分 山崎八幡宮は山口県周南市(旧新南陽市)の永源山公園の麓に鎮座する神社。 「山陽本線に掛かる跨線橋から真っ直ぐ神社へ伸びる道。奥の山は四熊ヶ岳(左)と法師ヶ岳(右)」 「参道入口。神社の前を山陽道が横切る。」 創建は和銅2年(709)8月に宇佐神宮より御分霊を新南陽市富田の河内にある神室山に祀ったのが始まりとされる。 宝亀元年(770)11月に山崎の現在地に遷座し、最初「江宮」(えのみや)と称した後に神仏習合の時「壮寺八幡宮」と改称する。 江戸時代には徳山藩歴代藩主の御祈願所として藩主の社参、代参がたびたびなされ深く崇敬されてており、徳山藩内の二大崇敬社として「武の神」の遠石八幡宮に対して「文の神」の山崎八幡宮として近隣の氏神として信仰された。 江戸時代の現在の山口県域の寺社について纏めた『防長寺社由来』には西国七社明神のうちの一つとされている。 ちなみにこの西国七社明神についてはその「西国」の範囲がどの範囲なのかがはっきりせず、長門・周防 国の範囲なのか、もっと広い範囲での七社なのかが分からないという話だった。 元治元年(1864)に山崎八幡宮に改称。 明治4年に郷社、昭和5年に県社に列格された。 「神社の石段から新南陽市街。奥に見えるのは東ソーの工場群。」 「両側の石柱に書かれている文字は寺内正毅による揮毫。」 「神門」 「拝殿」 「本殿」 山崎八幡宮からさらに登って行くと新南陽護国神社(永源神社、富田護国神社とも)が鎮座しており、その先が永源山公園で、新南陽のランドマークでもある「ゆめ風車」が建っています。 御朱印の墨書は印刷したものではあるものの、徳山藩最後の藩主である毛利元蕃の社名の揮毫をそのまま印刷したもので、ただPCのフォントを使って印刷した御朱印と違ってかなり良い。 |
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