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旧・クモノカケラのブログです。道南から神社・お寺の御朱印情報などを二次元も絡めて発信します。

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浅間神社 (あさまじんじゃ)




甲斐国一宮、旧国幣中社、別表神社

延喜式内社:甲斐國八代郡 淺間神社 (名神大)

神紋:桜

祭神:木花開耶姫命

例祭日:4月17日、11月23日

最寄の交通機関:





浅間神社は、山梨県笛吹市(旧・一宮町)に鎮座する神社で甲斐国一宮。他の「浅間(せんげん)神社」とは異なり、「あさま」と読む。

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浅間神社は富士山北麓から山一つ挟んだ甲府盆地に鎮座する富士山信仰の中心地で、浅間大社と同じく木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)を祀る神社である。

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第11代・垂仁天皇8年(紀元前22年)正月に現在地から東南約2キロの摂社・山宮神社の地に鎮座。その後、清和天皇の貞観年間(859-877)に現在地に遷座。

国史である『三代実録』の貞観7年(865)12月9日丙辰の条には「勅、甲斐国八代郡立浅間明神祠、列於官社、即置祝祢宜、随時致祭」とあり、「延喜式」では名神大社に列格された。

中世には甲斐国一宮として崇敬され、甲斐国を治めていた武田信玄より太刀の奉納と社領を寄進があった。武田氏が滅亡後は、徳川家康により社領200貫文が寄進され、徳川家光の時に234石余の朱印地が安堵された。

明治4年(1871)に国幣中社、現在は神社本庁の別表神社に指定。




国道沿いに一の鳥居があり、道なりに進むと二の鳥居に突き当たる。右側に駐車場があるのでそこに車を止めて参拝しました。

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神門をくぐると左手に社務所と拝殿。

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拝殿の右手奥には護国神社が鎮座しています。

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「護国神社」

護国神社の脇には末社の七社と、珍しい人型に繰り抜かれた石が。それをくぐるとその先に十二支の石像が並んでいます。

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「人形と十二支」

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「七社」


三条実美の揮毫による武田信玄の歌碑。

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宇都(うつ)し植(うう)る 半(は)つせのはなの 志(し)らゆふを かけてそいのる 加美乃(かみの)まにまに



二の鳥居の右側には陰陽石が。陰石と陽石、両方あります。

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こちらのは自然な造形、玉はあとから持ってきた感じ…。

そういや、こんな形の雪像、銀魂にも出てきたな…。



浅間神社にはオリジナルの御朱印帳があります。

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御朱印込で1000円だそうです。

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忍草浅間神社 (しぼくさせんげんじんじゃ)



住所:山梨県南都留郡忍野村忍草456 (N35°27'32"、E138°50'10'')

旧郷社

神紋:八重桜

祭神:木花開耶姫命,天津日高日子番能迩迩芸能命,大山祇命

例祭日:9月19日

最寄の交通機関:




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忍草(しぼくさ)浅間神社は、富士山の北東麓の山梨県忍野村に鎮座している浅間神社。

神社にある鎌倉時代作の三体の神像が重要文化財に指定されている。

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神社のある忍野村は国の特別天然記念物である「忍野八海」が有名。

しかし、もともと「忍野」(おしの)という地名があったわけではなく、村の西側の「忍草」と東側の「内野」との合併時に付けられた合成地名である。神社はその忍草地区にある。

忍草(しぼくさ)って地名の読み、この記事を作ってる時にはじめて知りました。てっきり「おし・の」だから「おし・くさ」って読むもんだとばかり…。

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忍草浅間神社は正式には「浅間神社」。忍草浅間神社は地名からの通称である。または忍野浅間神社とも呼ばれることもあるらしい。

創建は第51代・平城天皇の御代である大同2年(807)と伝わる。

文治2年(1186)に社殿を再建し、建久4年(1193)に、将軍・源頼朝が富士裾野の巻狩りの際、鳥居崎鬼坂までを社領と定められ、同年8月6日に鎌倉幕府から武運長久祈祷があり、鳥居峠に和田小太郎義盛、畠山次郎重忠の寄進による隋神門と、運慶作と伝わる金剛力士像が建立された。(現在は境内に移築)

慶長8年(1603)11月に神殿を再建。宝永2年(1705)11月に神殿を三間社極彩色に再々建。正徳3年(1713)6月、東国の溝中・武州江戸本郷春木町の伊右衛門・三左衛門・喜平治などより大僧正常然書の大鳥居の「冨士大権現」扁額が奉納された。

延享3年(1746)4月、拝殿再営造、天保2年(1831)に現両屋拝殿を再造営、随神門及び拝殿は茅葺屋根のため数回葺替えを行うも、昭和51年9月、忍野村出身の大森正男氏から多額の浄財によって銅板葺とし修理再造営された。



●忍草浅間神社の三神像 (国指定重要文化財・平成17年6月9日指定)

神社には国指定重要文化財「忍草浅間神社の三神像」がある。

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三体の神像は正和4年(1315)、丹後の仏師・石見坊静存(いわみぼうしょうそん)の作で、平成17年6月9日に国指定重要文化財として文部科学相から認定されました。

それぞれ木造女神座像(伝・木花咲耶姫命:座高40.5cm)、木造男神座像(伝・鷹飼:座高37.2cm)、木造男神座像(伝・犬飼:座高36.9cm)で、伝鷹飼は木花咲耶姫命の夫である天津日高日子番能迩迩芸能命、伝犬飼は木花咲耶姫命の父・大山津見神です。

三体とも檜材、一木造坐像、刀法をはじめ面貌までも似かよい、わずかに着衣、双手等にちがいを見る。胡粉地の彩色も経年のため古色を帯び、高貴な男女神の相好を示す優作である…らしい。ってかそう説明板に書いてた。

実際見てないのでなんとも。


●忍草浅間神社のイチイ群 (県指定重要文化財・昭和35年11月7日指定)
イチイは、温帯から寒帯にかけて分布するもので、別名アララギといい、本県ではミネゾウ、富士山麓ではヘダという。富士山にも自生しているが、家の周囲の垣根として防風・防火のため植栽されているものが多い。この神社のイチイは、自生のものと思われるが、十六株の巨樹が一箇所にそろってあるのは珍しいので指定されている。
その規模は、次のとおりである。
目通り幹囲 (最大のもの) 3.7m
目通り幹囲 (最小のもの) 1.4m
樹高 (最大のもの) 20m
樹高 (最小のもの) 11m
昭和49年12月1日  山梨県教育委員会・忍野村教育委員会

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阿良々木クンw。イチイの別名がアララギだって初めて知りました。

イチイは地元だとオンコって言ったりします。あの赤い実、甘くて美味しいよね。種が邪魔だけど。


●境内社

諏訪神社 (すわじんじゃ)

祭神:建御名方尊

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忍草八幡神社 (しぼくさはちまんじんじゃ)

祭神:誉田別命

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天狗神社 (てんぐうじんじゃ、「てんぐ」かもしれない)

祭神:武甕槌命

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八坂神社 (やさかじんじゃ)

祭神:建速素盞嗚尊

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もう一つ、境内社で坐摩社があるのだけれど、気づいたのは後からだったので、どこに鎮座していたのか分からない…。

あと神仏習合の名残なのか、八坂神社の脇に薬師堂がある。




さて…

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今回、忍野村に来た理由は主に2つ、「忍野八海」が長谷川角行の富士講の聖地の一つであること。

そして「化物語」の忍野メメと忍野忍の名前の由来になっているであろうことから来ました。というか後者がどちらかというとメイン。

当然、「忍野八海」はもちろん、その鎮守である神社には参拝しなければいけないという流れで忍草浅間神社に参拝。

浅間神社なので祭神は木花咲耶姫だけど、忍野だから忍野忍ちゃんが祭神ならばと、御神饌はこんな感じかと仮定してみました。

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ミスド(ゴールデンチョコレートがメイン)、正式にはキスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードという名前なので、アセロラドリンクと沖縄のオリオンビールを用意してみました。絆創膏はあえて言うまい…。





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「忍野八海」は、名前の8ヶ所の湧池はコンプリートしました。

ただ、中心の青池のあたりは景観という面ではそこまで分からないだろうけど、実際はあまりにも観光地化されていて、観光客の多くが富士山と池をバックに記念写真を撮っているのは本当の忍野八海ではなくて、あとから「人工的に作られた池」であるということを9割以上が知らず家に帰るのだろう…。

その、人工池のせいで本来の「忍野八海」の湧水量が減っているとかなんとか。これで国の特別天然記念物なのだから、国の管理も杜撰である。

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高倉伽月
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