|
旧村社、別表神社 旧国郡:日向国臼杵郡 祭神:[主祭神]天照大御神、大日孁尊 :[配祀]日子穂穂手見命,豊玉毘売命,菅原道真 神紋:菊、五三桐、下り藤 例祭日:9月22日(東本宮)、5月2日(西本宮) 最寄の交通手段: 天岩戸神社は宮崎県高千穂町に鎮座する神社で、日本神話において天照大神が天岩戸に隠れた岩戸隠れ伝説の舞台である。 一般的に参拝客が訪れるのが西本宮や奥にある天安河原だが、対岸の天岩戸側にある東本宮に参拝する人は西本宮に比べ少ない。 東本宮は西本宮の手前に掛かる天岩戸橋を渡った左側に参道の入口がある。 由緒説明などは西本宮の方に書いているので割愛。 まず参道入口の右側に天鈿女命の像が立っているのだが、これがセンサー感知で回転するのと同時に高千穂夜神楽が流れるので、事前情報無しで参拝すると結構驚く。 「うごく!アメノウズメ」 「参道」 「変わった形の手水鉢」 「神楽殿か」 社殿の裏側へ回ると御神水と石祠がある。 これは「大神宮の御神水」と呼ばれ、木の根元から湧き出しており、年間を通じて渇水することがなく戴いて飲用も可能との事。 ここから更に奥へ100mほどのところに樹齢600年余で根元がつながった七本に伸びている「七本杉」と呼ばれる大木があるものの御神域かつ保安林という事で立入禁止となっている。
|
寺社仏閣・宮崎県(3)
-
詳細
全1ページ
[1]
コメント(0)
|
天岩戸神社摂社 旧国郡:日向国臼杵郡 祭神:思兼命、八百萬神 天岩戸神社といえば一般的に神社自体よりも「天安河原」が有名だろう。 天安河原は天岩戸神社・西本宮から更に道を進むと「天安河原入口」の案内板と道路から右へ降りていく道があり、そこから350m川沿いに歩いたところにある。 天安河原と聞くと知ってる人は大きな洞窟を思い浮かべる人が多いと思うが、この河原一帯を天安河原と呼び、洞窟は仰慕窟(ぎょうぼいわや)という名前で、間口は40m、奥行きが30mあり、この中に天安河原宮が鎮座している。 天安河原は日本神話において天照大神が天岩戸に隠れた時に八百万の神が相談したという場所だと言い伝えられており、天安河原宮には天照大神を岩戸の外に出すための八百万の神に知恵を授けた思兼命と八百万の神が祀られている。 天安河原宮に参拝すると、願事成就や中風にかからない軽症で済むなどの神徳があるといわれる。 わりと最近では東国原英夫・元宮崎県知事が国政か県知事選か迷っている時に天安河原に訪れ「帰って来なさい。あなたがやりなさい」という不思議な声を聞いたというのが有名。 天安河原一帯は緑に囲まれた中に、賽の河原のように沢山の石積みがあって、霊場のような厳かな雰囲気があります。 |
|
旧村社、別表神社 旧国郡:日向国臼杵郡 祭神:[主祭神]天照大御神、大日孁尊 :[配祀]日子穂穂手見命,豊玉毘売命,菅原道真 神紋:菊、五三桐、下り藤 例祭日:5月2日(西本宮)、9月22日(東本宮) 最寄の交通手段: 天岩戸神社は宮崎県高千穂町に鎮座する神社で、日本神話において天照大神が天岩戸に隠れた岩戸隠れ伝説の舞台である。 「西本宮参道入口」 「西本宮社号標」 天岩戸神社は高千穂町中心部から北東約5kmの岩戸川を挟んで東本宮と西本宮の両宮が鎮座する。 参道入口には祭神の天照大御神の銅像のほかに手力男命の像も建っている。 更に進むと左手に社務所があり、その先の右手に対岸の天岩戸を遥拝するように神門、拝殿がある。 社伝によれば瓊々杵命が鎮祭された古社といわれ、弘仁3年(812年)に、三田井家の遠祖・大神惟基によって再興された。 その後、文政4年(1821)に社殿を改造し、幕末には藩主・内藤氏の篤い崇敬を受けた。 明治30年(1897)に社殿を造営。 拝殿の右手前方にはオガタマノキ(招霊の木・黄心樹)が生えており、オガタマノキは天鈿女命がこの枝を持って舞い、今の神楽鈴の起源だといわれている。 この木は昭和29年の常陸宮殿下の御成年式、昭和39年の御結婚の際にこの苗木が献上された。(常陸宮殿下のお印がおがたまの花で、常陸宮家の紋が菊花紋の周囲におがたまの花が配されている。) このオガタマノキの苗を神社の授与所で受ける事ができる。少々初穂料が高いけど…。(育ててます) 他にも拝殿左側には古代銀杏の木もある。 長野県諏訪とここにしか無いものらしい。 御朱印の他、オリジナルの御朱印帳もある。今回は他にも御朱印帳があったので頂かなかった。
|
全1ページ
[1]


