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10月24日(土) 曇りのち雨 東金ふれあいセンター
「家康を探せ!」バスツアーに参加しました
船橋から東金までの「御成り街道」をたどるもので、今回は中間地点の千葉市から東金に向かいます
慶長18年(1613)の終わりごろに1ヶ月程度の突貫工事で、完成させたようで千葉から八街地区は
佐倉藩主、土井利勝が地元民を動員して、地元の村々が資金を提供したそうで、
大変な苦労だったようです
慶長19年(1614)1月7日(旧暦)江戸城出発〜〜〜9日東金御殿到着
10日〜15日鷹狩り 鶴112 白鳥8 雁44 鴨7 鹿2 猪4
「鶴御成り」とも呼ばれていて、狩の目的は「鶴」のようでした
鶴は霊肉と呼ばれて、天皇に献上するためと、家康自身が食するための物だったようです
16日東金出発 千葉泊 17日葛西泊 18日江戸城帰着
当時東金の岩崎、上宿、新宿(しんしゅく)の人口約2000人で、
家康一行は500人ぐらいで、側室3人、お付の女中が20人ぐらい居たと言うことです
家康の鷹狩りは「軍事訓練」ではなく、行楽だったようです
と言うことで、東金の観光客第一号は、「徳川家康」だった!?
あと1回元和元年11月(旧暦)東金に来たそうです
家康2回 秀忠8回 家光1回のようです
講師 戸村氏 係員 今関さん 運転手 菅野氏
戸村氏は「セントラルパーク市民の会会員」でお仲間です
9時30分発 センター
10時10分着 千葉市千城台 提灯塚
10時24分着 千葉市若葉区 金光院 家康一行宿泊 お茶屋御殿の裏門を移築
10時41分着 千葉市若葉区御殿町2549 御茶屋御殿跡
御成り街道跡をたどりながら、坂道のアップダウンが続き、八街市に入り「びんたらい池」通過
11時05分 この池の美しさに、駕籠をおりて休憩したようです
「びんたらい」とは、髪を整える為の小さな盥
小間子牧(幕府の軍用馬牧場)の名残りの、馬土手が見えました
東金に入ると従来ある道を使い、東金御殿に行ったようですが、ルートが3説ありまだ確定していません
1油井ルート おわし坂(谷間の道)を降り早野家(まめざく)で休憩して、旧道を東進する
2コンレイ坂(油井)、まめざくルート 旧道に出て東進する
3日吉神社ルート コンレイ坂を降り、日吉神社の前をとうり、八鶴湖に出る(御殿裏)
11時14分着 おわし坂入り口のやぶを探す
アグリファーム入り口看板付近 油井のお地蔵さま(一里塚を兼ねる) これより上佐倉道
これより下東金道の文字が、刻まれていた
八雲神社、日吉神社、油井の早野家、まめざく、高砂浦五郎の供養塔、八鶴湖、最福寺を通過して
センターに戻り、昼食休憩 この頃より小雨
12時10分着〜〜〜12時50分発
13時13分着 大網白里町池田 土気茶亭跡 東照宮(小さな祠)
鷹狩りの途中ここで休憩した 後の人が記念して建てたようです
13時35分着 正法寺 大網白里町小西
東金御殿の一部が移築され本堂として使われて、
葵のご紋が付いていました
このお寺は、長禄2年(1458)小西城主「原たねつぐ」により開山されたそうです
14時14分センター着 終了
ありがとうございました♪
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