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蓮舫さんがユッケ食中毒事件で厚生労働省の対応を批判したという。
対応が遅い。国民の感覚とズレている、と。
…ぼくは蓮舫さんの発言を支持しない。それどころか、「そんな発言をする蓮舫さんこそ無責任であり、愚の骨頂である」と言わせていただく。
厚労省の無責任さは、彼らがもし、国家の明日を担うエリートであるとすれば、ペケである。全然だめである。
しかし、政治家の指示を待つだけの政治家の下僕であるならば、その対応の遅さ、国民との意識の乖離は必ずしも彼らだけの責任ではない。政治主導の現況下において、官僚に問題があるとすれば、指示を出すべき立場の政治家がペケなのだ。まずは非難されるべきは与党の政治家なのだ。
厚生労働相ら、厚労省の政務3役がまずは厳しく責任を問われるべきである。もちろん、厚労相らを任命した菅首相も責任がある。国務大臣たる蓮舫さんにも責任がある。
責任者として政治家が責任を持って対応し、その結果についても責任を負う。これが政治主導であろう。
官僚を批判するのは政治主導ではない。
官僚批判は、エリートたる官僚が国を隠然とリードしてきた官主導の時代に、実権のない政治家(多くは野党の政治家)の“あがき”のようなものであった。
民主党が公約通り、政治主導で国政を担っているとすれば、およそ国務大臣が、下僕たる官僚を表舞台で批判することは、原理的にありえない。
たとえば、顧客サービスに手違いがあり、訴訟になった企業の社長が、株主総会で株主たちに「担当課の対応がなっていない」と部下の批判に終始し、社長である自分の責任を棚上げしたら…。おそらく、この会社はいずれ経営に行き詰まるに違いない。
責任とは、そういうものである。政治主導とは、そういうものである。与党の政治家は、政治主導である限り、官僚だけを表舞台で批判できないのである。それは天に唾する行為なのである
蓮舫さん。そろそろ政治主導の意味を勉強してください。
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