美術館見聞録

大和路発です。関西のお寺や美術館をぶらぶら見て廻るのが好きです。

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あべのハルカス美術館『マティスとルオー展』

あべのハルカス美術館『マティスとルオー展』(4/4〜5/28)に行ってきました。
マティスとルオーが同じ国立美術学校の同級生でギュスターヴ・モロー教室も同じ、しかも往復書簡がたくさん残っていることがすごいです。これを眺めるだけで楽しいです。
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あべのハルカス美術館HPから→「展覧会概要
フランス近代絵画の巨匠として輝かしい足跡を残したアンリ・マティス(1869〜1954)とジョルジュ・ルオー(1871〜1958)。パリの美術学校の同級生であったふたりは、生涯にわたって家族ぐるみの交流を続け、互いの創造活動を尊重し、支援し合いました。近年発見された往復書簡とともに、それぞれの個性を浮き彫りにする国内外の名品を通して、半世紀にわたるふたりの厚き友情と芸術の軌跡を紹介します。 」

先に行われた汐留ミュージアムのHPから→「1906年8月30日、アフリカ旅行から戻った36歳のマティスは、「中でも砂漠はすごかった」と、その強い印象を友人のルオーに書き送ります。国立美術学校で共に学んで以来、この二人の偉大なフランス人画家が交わした膨大な手紙のやりとりは、マティスが亡くなる前年の1953年まで、断続的ながら実に約半世紀に渡って続きました。
全く異なる画風を確立したマティスとルオーは、一方でフランス絵画の輝かしい伝統の継承者としての誇りと責任感を共有していました。それは、外国人を受け入れて輝きを増すフランス、あるいは第二次世界大戦に苦悩するフランス、そのいずれにあっても揺らぐことなく、自らの絵画で回答し続けた姿勢にも表れています。例えば、戦争を機に描かれたマティスによる《ラ・フランス》とルオーによる《聖ジャンヌ・ダルク》は、自由なフランスを象徴する堂々とした女性を描いてその白眉といえるでしょう。
本展では、二人や家族の手紙を紹介しながらその時期の絵画作品を展覧します。マティスの静物画《スヒーダムの瓶のある静物》をはじめとする貴重な初期の作品や、ルオーの重要な版画集『気晴らし』の油彩原画シリーズの全点出品など、フランスからの初来日作品を含む合計約140点を通して、マティスとルオーの友情の秘密に立体的に迫ります。」
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第1章 国立美術学校(エコール・デ・ボザール)からサロン・ドートンヌへ 1892年〜1913年
初期の作品も楽しい。
第2章 パリ・ニース・ニューヨーク 1914年〜1944年
旧福島コレクションのルオー作品から《曲馬団の娘たち》(1924−25)や《大馬車(旧題:サルタンバンク)》(1931)など
第3章 出版人テリアードと占領期
芸術誌『ヴェルヴ』の表紙。ルオーの「気晴らし」シリーズの油彩画全15点の圧巻。

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