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加藤唐九郎さんの三男の重高さんが亡くなったと報道されていますが、ご冥福をお祈り申し上げます。 唐九郎さんという巨人のご子息ですが、09年にお会いした時はひょうひょうとされていました。 「 加藤重高さん(かとう・しげたか=陶芸家)が9日、ぼうこうがんで死去、85歳。通夜は11日午後7時、葬儀は12日正午から名古屋市千種区千種2の19の1のいちやなぎ中央斎場で。喪主は長男高行さん。自宅は名古屋市守山区翠松園2の726。 陶芸家の故加藤唐九郎の三男。愛知県立瀬戸窯業学校(現県立瀬戸窯業高校)を卒業後、巨匠であった父の作陶を支えた。自らも日展で北斗賞を受賞するなど頭角を現したが、その後公募展への出品をやめ、1972年以降は主に個展でのみ作品を発表。志野、黄瀬戸などの茶陶に温和な作風を出した。唐九郎の作品などを展示する翠松園陶芸記念館の館長も務めた。
」(朝日新聞からhttp://www.asahi.com/obituaries/update/0410/NGY201304100008.html) |
やきもの
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骨董ブームで古唐津の地元も大変ですね。 |
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福建省の旅。天目茶碗のふるさと、建窯に行きました。7月の数週間前はこの地方も洪水でした。 陶片とサヤの山にはいつもながら、感心させられます。 窯変茶碗、油滴茶碗の陶片は?・・・・そんなもの簡単には・・・。
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大阪市立東洋陶磁美術館での『汝窯展』を拝見して、2006年に河南省の汝州や清涼寺を廻ってきた事を思い出しました。 南宋時代にはほとんど目にすることが出来なかったという汝窯。 現在、汝州市で復元作品を制作されている方がいます。 汝州市内の張公巷(ちょうこうこう)窯址を最初に発見された陶芸家のお店。 復元品がたくさん展示されていました。 かなり田舎になりますが、今回の展覧会の主役。こんな田舎に官窯? 清涼寺。 ここでも復元品が売られていました。こちらの方がレベルは低そう。 窯を見せてやるというのでのぞきに行きましたが、 製品が窯の中に入れっぱなしは・・・うそくさいかも(笑) このようなものが流通してるかもしれませんね。
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滋賀県大津市の膳所焼の窯からの出土遺物の見学会をのぞいてきました。
大津市の若松神社に大江窯と言う遺跡を発掘されました。17世紀後半の森田久衛門日記にでてくるようです。窯は6房、8メートルで物原からは茶入れ、水指などの少量陶片が出ています。薄いつくりですね。藩主の関係する窯なんでしょうか?これからの課題もたくさん出たようです。 |



