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昨年の11月13日に興福寺で行われた慈恩会で竪義(りゅうぎ)をされました辻さんが「慈恩会 竪義を終えて」のお話を興福寺仏教文化講座でお話されるということで出かけてきました。 慈恩会は法相宗の初祖慈恩大師を偲ぶもので、951年にははじまっていて、竪義は981年に行われているそうで、現在は子院住職の資格を得る口頭試問なんですね。 9月に問題の答えを書写して、これを丸暗記して答えなければならないそうで、童子としてドイツ人の仏教学者の暁映さんとともに10月23日に行入りされて、1と6の日は大廻りと言って、春日大社の各社、率川、漢国神社などまわるんだそうで、昔からのルートなので樹木の中も分け入り、11日は雨の日で下駄のハナをを切り滑ってしまったそうです。このルートで7日〜9日は夜に回られたそうで、童子さんは提灯で手が痺れるようだったそうです。 結界された部屋で、慈恩大師の肖像と春日赤童子像を掛けて、無言、二食、座睡でしかも毎日二題小試験があり、計42題を書写するだけでも、大変な時間が掛かり、童子さんと二人三脚だったそうです。それと本題を覚えて、しかも「泣き節」と呼ばれる独特なフシもあり、大変だったそうです。 童子の暁映さんは、24時間一心同体で過ごしていたので、竪義の時、救急車の音がして一瞬止まられたので・・・心臓が止まるかも・・・という思いをされたようです。 この日は例年にもまして、多くの人がこられ、4時間近く座っている内、1時間20分あまりの論議を視注していました。 たしかに会場も例年と異なりピーンと緊張感が走った時間でした。 試験も合格されてよかった。
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講演会
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大阪市立東洋陶磁美術館、李秉昌博士記念公開講座「高麗‘象嵌青磁’の魅力をさぐる」が大阪弁護士会館でありましたので、一部のぞいてきました。 今回で5回目だそうでありがたい研究会です。 「 韓国では,いまから800年前の高麗時代に独自の装飾技法である‘象嵌青 磁’を創出し,韓国陶磁史における黄金時代を築いたばかりでなく,中国や日本の人々をも広く魅了しました。象嵌技法とは,器表に文様部分を彫り込み,そこに白土,赭土を埋め,青磁釉をかけて焼成したものです。本講座では,絵筆とは異なりくっきりとした明確な表現を可能とする高麗青磁の繊細で華麗な装飾技術の魅力をさぐります。今回の講座のために,最前線の研究者を韓国からお招きし,当館の学芸員も加わってその研究成果をご紹介いたします。」 拝聴できたのは、 柳光烈氏 (海剛陶磁美術館・館長/大韓民国陶藝名匠) 「制作者の立場から見た高麗象嵌青磁の魅力について」でしたが、興味深いものでした。 象嵌の道具やサンプルをお持ちいただきました。 海剛美術館は20年近く前に、つまりできたころお邪魔しましたが、陶片がたくさん展示されていました。お父様の復元の勉強材料だったのですね。 最近、運営が大変で大学にまかされたようですね。いろんな御苦労のお話を拝聴しました。 →http://www.haegang.org/ このほかには、「高麗象嵌青磁の展開と発展」姜京男氏(韓国国立中央博物館・学芸研究士)と、
「中国の象嵌陶磁について」小林仁(当館・主任学芸員) がありましたが、いただいた資料で勉強です(笑)。 |
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奈良国立博物館で第63回の『正倉院展』が開かれるシーズンネなりました。会期は10月29日から11月14日。 読売新聞が協賛するようになってから、その前に各地で「正倉院展フォーラム」が開かれていますが、券をいただいたので大阪会場をのぞいてきました。 正倉院の杉本所長のお話では、 だいたい10年サイクルでの展示だそうですね。もっと期間が空くものもあるようですが。 伍芳さんの中国古筝の演奏でゆったりして、春日大社の岡本権宮司と関根帝塚山大教授の対談。 ここでは岡本さんが従来伎楽の演奏は鎌倉時代に廃れたと言われているが、明治の楽人の日記を見ると明治2年にも演奏していたそうですね。 関根教授は今年展示される≪伎楽面 酔胡王≫が≪舞楽面 陵王≫ではないかと述べられるなど、展覧会を見る楽しみが増えたようです。 |
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大阪東洋陶磁美術館の特別展「浅川巧(たくみ)生誕百二十年記念 浅川伯教(のりたか)・巧(たくみ)兄弟の心と眼−朝鮮時代の美−」(7/24まで)を見て、参考に高崎宗司氏の『朝鮮の土となった日本人ー浅川巧の生涯』(草風館)を読んでみたので高崎先生がどんな方かなあと気になっていたのですが、ちょうど今年の高麗美術館の年4回の講演会のテーマが浅川巧を知るで、トップに高崎先生でしたので、京都まで出かけてきました。 先生は数年前に倒れられ、車椅子で奥様に介助されての講演ですが、なかなかお元気です。 「浅川巧生誕120年を迎えて―人物像と生涯」のテーマで要旨としては「1876年、朝鮮が日本によって開国させられて以降、多くの日本人が朝鮮に渡りました。しかし、彼らは総じて朝鮮人と交流しようとはしませんでした。そうした中にあって、浅川巧は、朝鮮人と親しく交際し、その文化を理解しようとしました。とりわけ、朝鮮の陶磁器や木家具に深い関心をしめし、『朝鮮の膳』『朝鮮陶磁名考』を著しました。こうした巧の生き方や業績は現代の韓国でも高く評価され、韓国の近現代史の教科書に載っているほどです。巧の朝鮮への対し方は、今日のわれわれにも教えるところが多くあります。」 基本的には本に即していましたが、巧の日記や巧を知る人たちの証言を奥様が朗読されていました。 関野貞氏や小倉武之助氏(http://kotobank.jp/word/%E5%B0%8F%E5%80%89%E6%AD%A6%E4%B9%8B%E5%8A%A9)にはかなり批判的でした。 逆に巧にはすごい愛情を感じます。1945年には朝鮮半島に72万人も日本人がいたのは驚きです。 巧の死に際して柳宗悦が「浅川が死んだ。取り返しのつかない損失である。あんなに朝鮮の事を内から分かってゐた人を私は知らない。ほんとうに朝鮮を愛し朝鮮人を愛した。そうしてほんとうに朝鮮人からも愛されたのである。」 高麗美術館の現在の展覧会。会場が離れていましたので、拝見できずに残念。 2011年度 高麗美術館研究講座 年間スケジュール 5月28日(土)/午後1時〜2時30分 浅川巧生誕120年を迎えて―人物像と生涯 高崎 宗司 先生(津田塾大学教授) 8月27日(土)/午後1時〜2時30分 浅川巧と兄伯教―日本と韓国のマウメダリ(心のかけ橋) 李 尚珍 先生(山梨英和大学助教) 11月19日(土)/午後1時〜2時30分 浅川巧と柳宗悦―その出会いと活動 杉山 享司 先生(日本民藝館学芸部長) 2012年2月25日(土)/午後1時〜2時30分 浅川巧が愛した朝鮮の美―『朝鮮の膳』『朝鮮陶磁名考』 李 須恵 (高麗美術館研究員) |
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大阪市立東洋陶磁美術館『北宋汝窯青磁考古発掘成果展』(3月28日まで)開催中に3月13日と14日にわたり『国際シンポジュウム・北宋汝窯青磁の謎にせまる』が大阪歴史博物館の講堂を使って行われました。 中国、台湾、韓国からの研究者の報告がこの展覧会を契機に企画され、新しい情報がもたらされた事は小さな美術館の大きな取り組みが大変貴重な機会となりました。担当者に感謝。 残念ながら全て拝聴する事ができず、14日の午後だけのぞいてきました。 世界で70数点しか残っていない汝窯青磁。 この発掘で従来の伝世品にはみられない器形、文様のものもみられました。 展観では館蔵の高麗青磁との比較もされましたが、後半のシンポジュウムでは、伝播がテーマの中心となりました。 技術の伝播が北宋時代〜南宋官窯そして高麗青磁へ、デザインの伝播は各国の報告で指摘されましたが、技術については陶工の移入があったかどうかは、今の資料ではなんともいえないというところでしょうか。台湾故宮の清乾隆皇帝収集ということで、北宋から伝わったものでないのは、考えてみれば当たり前なんですよね。日本の正倉院と同じ感覚ではいけないんですね。
短い時間ですが有意義な時間でした。資料もちゃんとつくられていました・・ありがたいですね。 出来れば、中国語の通訳がもっとしっかりお願いします・・・多分、中国の方言の問題かもしれないと思いましたが・・・ 今後、これだけの資料は見る機会が無いのでもう一度みてきます。 |



