論理非論理綴り帳 怒髪天突き運動ただ今冬眠中

物言わぬは腹ふくるるわざなり。かたじけなく存じ候。上総介上総。只今、積年の「無題」を新ファイルへ整理中、追い付かずござ候。

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高秀秀信前横浜市長の夫人が、週刊現代に12月8日号に怒りの告白をしている。
「夫は、中田横浜市長に殺されました。中田さんは許せません。
このままだと、中田さんは横浜市を踏み台にして、国政に行く。それは大問題だし、危険なことです」

高秀氏は建設省次官を経て、1990年に横浜市長に当選し、3期12年横浜市長を務めたが、2002年の4度目の選挙で、衆議院議員から転じた中田宏現横浜市長に敗れ、その後わずか5ヶ月後に、食道静脈瘤破裂で急逝した。

高秀氏と中田市長の関係は深い。
1990年、高秀氏の最初の横浜市長選挙の時に、中田氏はボランティアとして、選挙活動に参加した。
その後も、衆議院議員になった中田氏に、高秀氏は人脈を与え、政治のノウハウを教え続けた。

中田横浜市長の女性器指入れ合コン、怪しい支援者の公金横領疑惑、海外公務を放棄してのキャバクラ遊び、などを週刊現代は暴いてきたが、11月6日、中田市長は名誉毀損で刑事告訴をしたという。
同誌は、これを茶番と批判し、高秀前市長夫人の告発を伝えている。

「夫と中田市長が最初に出会ったのは、夫が初出馬した1990年。松下政経塾の塾長さんから、選挙の勉強をしたいという塾生がいる。使ってみてくれないか、と依頼があり、引き受けたのが、大学を出たばかりの彼でした。

彼は爽やかな青年でしたよ。事務所のスタッフの中でも輝いていました。
今と違って、顔つきも爽やかでした。
”こんにちは。よろしくお願いします。僕はゴミ問題のスペシャリストになりたいです”と初々しく挨拶したのを覚えています。

当時の彼はひどい貧乏でしたよ。安いぼろぼろのスーツを着てウチに来ていました。
私は、大変だろうと思って、ご飯を作ってあげたり、お風呂にも入れてやったり、、、、。
そんな関係の中で、中田さんが、ウチの娘をデートに誘うようになったのです。
娘は当時大学に入ったばかり、政治の世界が新鮮だったのでしょう。
娘が本気だったはずはありませんが、彼は女好きだし、今にして思えば、高秀家に取り入ろうという狙いもあったのだと思います」

家族の一員のように振る舞う中田さんを、夫はとても可愛がり、「勉強させてやれ」と言っては、資料を渡したり、直接講義をしたりもしていました。
常識も何もないコでしたが、まっすぐなコだという印象はありました」

1992年、中田氏は日本新党の立ち上げに参画。小池百合子氏の秘書になる。
その一方、その年に細川代表の秘書と結婚している。
1993年、新党ブームに乗って衆議院選挙に初当選。この間、さまざまな形でバックアップしたのが、高秀氏だった。

元側近が語る。                                            「高秀さんは、中田君が国政に出るのでスポンサーを紹介してやろうと張り切っていました。建設事務官で建設業に界に顔が利くから、ゼネコンの上の方にも電話などをして、中田氏の為に働いた。
彼は随分助けられたはずです。
また、高秀さんの地盤は、青葉区内でしたが、中田氏もたまたま同じ区内の出身。
高秀氏は区内の自分の有力な支援者たちを、中田氏に紹介してあげていました。
そのまま、票田を渡すということまでしたのです」

1994年、高秀氏は2期目の選挙に出馬する。
前年に衆議院議員になっていた中田氏は驚くべき行動に出た。
夫人が語る。
「中田さんは、事前に何の連絡もなく、夫の対抗馬の応援に回りました。
もちろん、対立候補を応援すること自体を、批判しているわけではありません。
縁よりも政策を優先することはあるでしょうから。

ただ、彼のやり方は絶対に許せません。
”高秀の名代”のような顔をして、夫の地盤を回り、その上で対抗馬の名を出して、「よろしくお願いします」と票集めをしたのです。
そもそも、自分が夫からもらった票田ですよ。信義に悖(もと)るのではないでしょうか。
中田さんは、今クリーンな政治家などと言われていますが、納得できませんね。

幸いにして、1994年の選挙は勝つことが出来ました。
すると、中田さんは周囲の勧めもあり、夫にしぶしぶ詫びを入れに来たといいます。
そのくせ、市長室で中田さんは、夫に土下座までしたようです。

この一件以降、溝が出来ました。夫は怒っていたし、中田さんもウチにぴたっと来なくなりましたから。
でも、夫の中ではどこかで、まだ彼のことが可愛かったのでしょう。
中田さんは市役所には、頻繁に出入りをしていたようです。


それから、8年後の2002年、中田氏は無所属で横浜市長選への出馬を表明する。
彼は、高秀氏にこんな宣戦布告をした。
「見識を持たないトップを持つことは、(横浜市民にとって)残念なこと」

中田氏は、高秀氏を「疑惑の人々がこぞって応援する相乗り候補、敵は利益、利権を守るため、徹底してやって来ます」などと政策での勝負より、恩師の人格批判を繰り広げたのだという。

高秀夫人「中田さんの市長選出馬を聞いて呆然とし、もう高秀は完全に不要になった、邪魔になったというメッセージだと感じましたね。
その頃彼は、小泉さんと親しかった。小泉さんという後ろ盾があれば、怖いものはないと考えたのでしょう。

選挙の前の二月頃、中田さんが夫に会いに来たことがありました。
彼は夫にこう言ったそうです。                                            【市長選、降りてあげますから、(金を)いくら積みます?このままいったら、俺勝ちますよ。もう一期やらせてあげるから、次は君だと指名してください】

腹が立ちました。夫も今度は許しませんでした。当時70歳を超えて引退を勧める声もあったそうです。
でも、”自分が招致したサッカーW杯を中田にさせるわけにはいかない”と出馬を決めたのです。

中田氏は、自信満々に若さを売り物にして、多薦高齢批判を展開したが、投票一週間前には高秀氏が10%リードという世論調査が出た。
そこで、中田氏は思いもよらぬ挽回策に出た。

「選挙戦の終盤に何度も身の危険を感じました。
中田が雇ったとしか思えない”勝手連”と呼ばれる選挙妨害のプロたちが、こちらの活動を妨害し始めたのです。
夫は彼らの存在を知ってからは、晴れた日でも防御用に傘を持ち歩くようになったのです。

たとえば、街頭演説中に健常者なのに、車いすに乗り、最前列に並んで、とんでもないヤジを飛ばす。とても恐ろしい。
選挙最終日、私と娘がワゴン車から降りようとした時、スタッフが、”降りないでください”と叫んだのです。
ちょうどそのとき中田さんが、主人の後に同じ場所で演説するために待機していたのですが、そこにいた一見しておかしい人たちが、私をめがけて突進してきたのです。
みんなハチマキを巻いて殺気に満ちた形相でした。
スタッフが、急いで度青を締めて、事なきを得ました。

また、世論調査でリードが伝えられた翌日、中田さんが「挑戦状」を持って事務所に乗り込んで来たのですが、あの選挙で私が一番嫌だった出来事です。
(週刊現代は、夫人の語る勝手連なる集団が、中田氏の雇ったものかどうかは、定かではないとする)

夕刊紙の記者がその真相を語る。                                            「あの挑戦状は、事前に中田から”今から行く。カメラを動員してくれ”という連絡がありました。
中田から積極的に高秀ネタを流してもらいましたよ。                                     
”多選によって地元企業との癒着が強くなる。高秀は金に汚い”とか                         ”ゼネコンとのパイプの太い高秀と若くてクリーンな中田という図式でどうだ”という提案もありました。
 でも、中田自身、国政に出たときには、高秀が紹介したゼネコンが付いていたんですよ」

高秀夫人「夕刊紙を使った作戦は、非常にダメージがあったと思います。
主人は2万票差で破れたのですが、鍵になったのが、共通の地盤だった青葉区。ここで5万票差がついたのですが、青葉区は通勤族が多く、夕刊紙がよく売れるのです」

こうして、中田氏は逆転勝利した。
選挙後、彼は高秀氏に向けて「自分が逆の立場だったら、本当につらいと思う。今までの業績を否定するつもりはない」という言葉を贈ったのだが。

高秀夫人「夫は市長公舎に住んでいたのですが、選挙後まだ夫の任期中にもかかわらず、中田さんの奥さんが、”議員宿舎にはいられないので、早く市長公舎に入りたい。いつ入れます?”と追い出しの催促をするような電話をしたのです。

やむなく急遽、引っ越すことになりましたが、業者に頼む時間がない。事務所スタッフに頼んで
荷物をピストン輸送しました。
まさにその最中に、中田の荷物を載せた車が市庁公舎にやって来たのを見て、スタッフが”そこまでやるのか”と憤慨しました。
また、中田の支援者から”お前いつまで横浜に住んでいるんだ”という電話がかかってきたこともありました。普通の人ならそれだけでも参ってしまうでしょうね。

主人は選挙後、俺が至らなかったと淡々としていましたが、無念だったと思います。
選挙委から五ヶ月後、主人は突然倒れました。
憤死、そうかもしれません。
中田さんのような人と付き合ったがために、主人の死期は早まりました。
葬儀に中田さんが来ましたが”葬儀場に入らないでほしい。来ても座席に座らないでほしい”と頼みました。

ある横浜市議は弔問を拒絶された、その時の中田市長の行動を振り返る。
「帰り道、車に同乗していた横浜市の総務部職員の襟首を突然、つかみ、                        ”おい、オレに恥をかかせてどういうつもりだ”と怒鳴り上げたそうです。

夫人は最後に「週刊現代の一連の記事の結果、(横浜市民がよく中田の素性を知って)中田さんが二度と、政治の世界で立ち上がれないほど、潰れてほしい。家族全員がそう思っています」と締めくくる。
果たして、中田氏には、公選公職人としての資格があるのだろうかと、週刊現代は結ぶ。

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http://book.geocities.jp/yoron_judge/yokohamaH1609.html

これで市長を訴追できると思いますが
日本は法治国家ですよね?

2008/1/14(月) 午後 0:28 [ - ] 返信する

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夫人は刑事訴追しろとは、全く言っていないでしょう。 おそらく「殺された」というのは週刊誌側の意を強めた見出しでしょう。横浜市長から追放したいという強い思いでしょう。

2008/1/15(火) 午後 11:57 [ kaz**ano*ukeka*usa ] 返信する

中田さんは民主党にいた人ですよね。その後、あれっと思う(政策的に)こともあったのですが、今は見ていないので良くわかりません。敗れた方にはいろいろな思いがあるでしょうし・・・

2008/1/19(土) 午前 8:46 ran 返信する

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もちろん、全部が悪いということではないでしょう。彼の一面を深く知る人の証言でしょう。

2008/1/19(土) 午後 11:02 [ kaz**ano*ukeka*usa ] 返信する

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