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江田五月様。参議院議長内定おめでとうございます。 ご苦労なさいました岡山県での「姫の虎退治」に続いての朗報でありました。
1977年の参議院選挙初当選以来、30年です。
まだ、当選前の若き菅直人さんと社会党を追われるように離党を余儀なくされた御父上の江田三郎さんが、タッグを組んだ社会市民連合での当選でした。
思えば、江田三郎さんのファンでした。(実を言えば、かつての西尾派らの離脱については思うところがありますが)その頃の離党後の週刊文春の対談記事の中に、資金はどうしているのですかという質問があり、江田さんが「炊くほどに風の持て来る落ち葉かな」と答えた一節を印象深く覚えています。
社会党が親ソ連の社会主義協会という向坂派協会派に牛耳られ、ついぞ政権を担えるような西欧流の社会民主主義政党に脱皮できず、江田三郎さんは、散々にやりこめられ冷たく党を追われました。
その後、田英夫さん、楢崎弥之助さん、秦豊さんらが離党し、社会民主連合、社民連となりました。
衆議院議員5人ぐらいの小政党でした。1980年のダブル選挙で菅さんも当選しました。 長い間党首を務めた田さんの後に江田五月さんが代表になりました。 あの1993年前の政治改革論議の頃、サンプロなどの討論番組に引っ張りだこでした。 政界再編をも睨んで、社会党内の若手も交えてシリウスという政策集団を作りました。
三郎さんが戦前の獄中で見たシリウスという星座にちなんだ名称だった聞きました。 あの頃、FAXをお送りしますと、自筆で几帳面に書かれたFAXの返信を頂戴したことを思い出します。 1993年の政変、八党会派の細川連立政権で、閣内に入られました。あれから十四年ですか。
2007年夏、野党が初めて参議院の第一党となり、多数派を形成するという政治史上の画期的事態となりました。その、参議院の議長です。
もとより、頭脳明晰、優秀にして公正な裁判官でおられた江田さんです。今度のことはもっともな人事であると思います。
どうぞ、お体にお気をつけて、新しい公務に当たられますようお祈りいたします。
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