カウンセラーの独り言

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頑張らない・・・けどあきらめない♪
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私の住む町「福島県会津地方」

みなさんもご存知のとおり、風評被害に厳しく、特に農業は兼業農家も多く、企業に勤めながら、または起業をしながらの農家という住民が多い会津地方。だから、企業も農業も元気であって欲しいと祈る毎日です。

そこで、私の手伝っている会津のIT企業「デザイニウム」では、福島県の協力企業を募り、以下のコンテンツを発信します。県内だけでなく、東京近辺や他県での、福島県産を取り扱っている飲食店やショップなど、お店と知り合いでなくてもいいので、名前だけでも知っていたら教えてもらえないでしょうか?

また、協力してみたいという方や企業の方がいらっしゃいましたら、メッセージでもいいので連絡いただけたらうれしいです。

デザイニウムの社員たちも社長(香川県)をはじめ東北の人間があまりいないのと会津大学卒業後ここにいる人たちなので、意外に東京近郊や他県の店などしらないのです(笑)




■企画案
WE LOVE TOHOKU FOOD


■はじめに
2011年3月11日 マグニチュード9.0を記録した大地震により
東北地方では多くの産業がダメージを受けました。

とりわけ、農業•畜産業•水産業の食に関する産業は被害が大きく、
それら第一次産業に依存する東北経済は先行きの見通しが立っていません。

本プロジェクトでは、それら産業の復興を支援するために、
東北の「食」について、日本国内外に向けて発信していきます。

そのなかで、第一次産業に従事する個人や事業者をサポートし、
復興へと一歩一歩進んでいくことを目指します。


■本プロジェクトのゴール
「食」に関係する産業の復興

そのためには
•東北の「食」が素晴らしいことを知ってもらう
•東北の「食」が安全なことを知ってもらう
•東北の「食」を売れるようにする
•東北の「食」に従事する人の再スタートを支援する

本プロジェクトで取り組みたい課題として
•農/畜/水産物〜加工品までの販売支援
•食に関わる事業者の事業再建に対するサポート
•食を軸に観光産業の支援


■企画コンセプト
東北の食は「良いもの」だから「買う価値がある」

震災を受けての同情だけでは継続した販売には繋がらない。
本当に「良いもの」であることを知ってもらい
購入に満足してもらうことで、また「買う価値がある」と思ってもらえる。

また「買う価値」のある産業を復興しようとしているから
「応援する価値」がある。

■企画概要
「買う価値がある」ことを知ってもらうために
様々な角度から「食」をレポートし、
それに関する「商品」の販売を促進する。


以上、今後もどんどん内容を濃くしていきます。

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福島原発

困った顔

「ニュースサイトの転載」はサービス終了になりました。

どうしてだろう・・・・・

東京都知事の行動力とまでは行かなくても、福島原発を抱えた、わが県知事。
東電が謝りにきて、面会謝絶は一回目はわかったが、もう今の現状なら、面会をしてはっきりとした現状報告をして、今後の対策実行をすぐにでもしてほしいと思う。

東京近郊の電力を供給するための原発。私達は東北電力の供給で生活しているわけで、東京電力の想定外というわけわからないいいわけを聞いて保障もしてくれていない状況を見ているよりも、実際にこの県で生活している県民が今、風評被害でどんなに苦しい思いをしているか、差別的な言葉や対応をされることだってあることを、きちんと伝えることを知事はしないのだろうか・・・・・

県内にある出先企業が風評被害で撤退していったら、勤めている県民達は転勤できる人はいいが、家庭があり、兼業農家で生計をたてている人はどうしたらいいのだろう。
地元企業も、原発問題で子供たちをはじめ若者が離れてしまったら先が見えなくなってしまう。

避難地域以外で大丈夫、福島を元気にしよう、頑張ろう福島などというのなら、言葉だけでなく生活ができるくらいの保障の交渉と実施を話しあいを直接すべきではないのだろうか。

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ネット ケータイ投稿記事

パソコンが嫌いとかではない。

SNSが普通になり、ツイッターなどのつぶやきは情報共有で助かったりすることにはとても良いな〜と思っているけど、自由に好きにつぶやき、コメントはあるないなどは気にしなくてもいいのがいいところという利点が、私は苦手なんだと思う。

自分に対して言われてるのかなぁ…と気にしなくていいことを気にしてしまうことがあるからだ。

なので、自分が何気なくつぶやいたことが他人が気にするようなことだったら…と思ってしまう。


当たり前のように使いこなしている人からみたら、何言ってんだ?って思われるねσ(^_^;)?
やらなきゃいいじゃんって思われるよね。



気持ちが小さいな〜私…

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誕生日

25日は43歳の誕生日だった。
今、被災地でガソリンがなく、実家(会津若松)に住み週末しか家に帰らないという単身赴任状態でいます。
24日に娘から「明日の夜に帰って来て」というメールがあり、仕事が終わってから帰ると、娘が料理とケーキを用意してくれていた。予想もしていなかったので、ほんとに、うれしかったぁ〜

そして、私にとって他に意味のある誕生日。

小学3年から母親が入院、5年で亡くなり、その母親の年齢が43歳だった。
その頃から私は、大人になった時の自分の目標がは親の年齢までは生きようと思っていたことだった。

ここから先ってどうしようとか何の目標もないに近い。
相変わらず、長生きをしたいと思っていないのだ。
でも、この歳で子供が小学生二人残して亡くなった母親はさぞ苦しかったし無念だったろうと思う。
今、私には20歳の娘がいる。大人になったといえど子供は永遠に可愛いんだ、心配していくんだと実感している。
家族を残してこの年齢では早すぎるよねぇ・・・・

長生き願望がないくせに、昨年から念願の大学生になれた。これも、家族の理解と背中を押してくれた娘のおかげ。こんどは、些細ですが、年数かかっても大学卒業するということを目標にしよう。
だから年齢はわからななぁ(笑)



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日々を大切に

またまた、一年ぶりの更新です(>_<)

先週、仕事仲間であり、友人でもあり、私の申告書など企業を辞めてから2年間のやり方を助けてくれていた方が亡くなってしまいました。

あまりにも突然すぎて、連絡をいただいた時には震えが止まらなくなってしまいました。

だって、今月の半ばまで仕事の話しをしたりメールのやり取りをしていたんだよ・・・・・・

8月決算の会社の仕事、9月の初旬に書類のチェックをお願いしに電話をしたら、「目が腫れてるんだよねぇ」と話していた。病院いきなよと話しをすると本人も笑いながら「みんなにもお岩さんみたいだと笑われてさ〜」なんて元気な口調でいいながらも必ず行くからと言って電話を切った。
その、2週間後に仕事の話しで電話をしたら、がんセンターで検査になったといい、とても不安になった私は、また1週間後に連絡をした。
その時は、元気に「腫れもひいてきたから大丈夫だと思うよ。」と他の仕事もこなしていた様子で、私は少しほっとした。
その後はデータのやり取りやメールでのやり取りで書類も大丈夫と言われたので、後はきちんと決算処理が終わったら連絡しようと思っていました。

この時が亡くなる10日前くらい。


そして先週いきなり朝方に訃報の連絡・・・・・・

なに言ってんのかわからなかった。わかりたくなかった。

通夜とお別れの会に行っても怖くて顔を見れなくて、周りの方に付き添われてやっと実感させられた。


私だけじゃない、みんな「突然勝手にいなくなって、仕事、これからどうしてくれるんだよ〜」と沢山のいろいろな会社の方々で会場はにぎわっていました。
家族からのお願いで明るく楽しく、喪服禁止ということでにぎわうという雰囲気の中でのお別れ会。
沢山のゲームが展示され、ずっと、初音ミクの曲が流れ続けてました。


いつも頼れる人がいるから大丈夫と安心していた私の背中を押された気分です。

「もう大丈夫だから出来るよね」と・・・・


それでも、電話したらいつものように声が聞けるような気がまだしてるんですけどねぇ。

享年36歳。悪性リンパ腫。

病気が分かってから2か月。

目標や夢にむかって日々楽しんでいることも大切。
老後にこうしたいああしたいと思って貯蓄している人もいるだろう。

一番は「健康」ではないだろうか。健康でなければ何もできないもんね。








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