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『ゼロ年代の想像力』(宇野常寛著)を読了。

彼の論理はどうやら9・11、グローバリゼーション、小泉構造改革での暴走は引きこもりでは止められない、という主張らしい。
そうした主張のもと、ドラマ・アニメ論が繰り広げられる。

この本を読むとわかるが、彼はジャンルによって、相当偏見を持つものもあるし、1部の作品だけを論じているにしかすぎないのに、それが全部であるかのように主張している部分も多々ある。
ただ、そうした事実誤認をあれこれ指摘してもしょうがない。

本題の部分でいうと。
何もしないことが果たしていいのか、という理論はわかる部分はある。
引きこもりは暴走を防ぐ手段にはなりえない。確かにそうだ。
そして『デス・ノート』の夜神明の前では、引きこもることは不可能だ、と主張するのだが。


でも一方で、どうなんでしょう。
たとえば小泉構造改革の暴走って、国民に郵政民営化かそうじゃないかの決断を迫り、それで国民がいかれちゃって暴走しちゃったような気もするし。
決断力がある、あなたが好きよ、みたいに、暴走が止められないのではなく、決断主義に惹かれ、進んで彼の暴走を支持しちゃったような気がするんだけど。


9・11後の米国単独行動主義も、こんなにやられちゃって、黙ってていいのか。協調なんかしてる暇なんてねーだろ、いますぐテロを叩くべきだ。
形式で、決断が迫られ、暴走しちゃったような気もするけど。

考えてみると一時期のホリエモンなんかも、見かけの決断主義で人気を博した気もしなくはない。
あと物をいう投資家とかね、現実にいる決断主義者って、そんな輩だったような気がする。

※ちなみに決断は必要なことだと僕も思うが、宇野氏のいう決断主義というのは、悩み抜くという課程さえも省くのが00年代なのだ、といっている傾向にある。

無論、宇野氏は決断主義をいいとはいっているわけではないし。
むしろ暴走する決断主義に対抗する術をいかに身につけていくか、について述べているわけだけど。
ただコミュニケーション能力をあげていくとか、町がどうだとか、語る前に、方法論として、きちんと語るべきだったような気がする。そうじゃないと彼の理論自体が一時期のネオコンを補強する理論になっちまうような気も。決断主義者がいる作品を褒めまくる傾向も、その誤解をいっそう強めているような気がする。

さらにいうなら、宇野氏がゼロ年代の前提にあげるグローバリゼーションにしろ、9・11後のアメリカの単独行動主義にしろ、小泉構造改革にしろ、それ自身が崩壊しまくっているわけで。

あきらかに彼の主張するゼロ年代というのは前提として、時代遅れなような気がする。


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