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『デスノート』7巻目読了。 Lが死んで興味なくなりました。バランスが崩れてしまった。 月はやっぱりLに怯えてないとダメですよ。 月対Lの構図では、いつまでたっても同じ繰り返しになるというのもわかるんですけど。 僕からみるとメロとNじゃ、Lの魅力に敵わないんだよな。 というわけで、これ以降、僕はみません。
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西尾維新
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戯言シリーズのときが一番、好きだったな。
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そろそろ西尾維新の項目にあるのが、おかしくなっているのだが 『デスノート』4・5巻まで読んだが、途中からだらけてきたな。 夜神月対Lの攻防戦の部分は白熱していたのだが、別展開となってから迫力が減。
これからの盛り上がりに向けた小休止というところだろうか。 |
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西尾維新つながりでようやくというべきか、漫画の方の「デスノート」(3巻まで)を読んだ。 読む前はいくらそれまでの「ジャンプ」王道漫画と一線を画しているとはいっても 法で裁かれない悪人のワルの行為がそれなりに緻密に描かれ、主人公は怒りのもとデスノートを活用して、抹殺していく。主人公の行為が肯定できる要素の多いストーリーなのかと思っていた。 ところが最初から、そういった要素はなかった。 ただ単に自分のフラストレーションを解消していくために、正義をかたりデスノートを活用していく。 冤罪報道などの可能性を何ら考慮に入れることはない。 テレビなどで知りえる情報をもとに、凶悪だと感じた犯罪に天誅をくだす。 犯罪の内容、その犯罪によって被害者がどう苦悩しているのか、犯罪をおかしたくせに法の網をくぐりのうのうとしているのかどうかといった要素さえ、自分自身の目で確かめようともせずにお手軽に殺していく。犯罪者だからという理由ではなく、デスノートの仕組みを知りたいがために、実験的に殺すケースさえある。 善悪の観点ではなく、自己顕示欲のためにひとを殺しているから、自分を摑まえようとする警察やFBIの人間たちを容赦なく殺す。正義をはき間違えているというより、神になりたがっている殺人鬼・月が主人公。 うーん。 僕は正直そこまで、「ジャンプ」が踏み出せるとは思ってもみなかったです。 月の行為は、全般的に否定される形で描写されているということでモラルの部分は守る形とはなっていますが(というより簡単にひとを殺しちゃうヒーロー物よりモラルはありますけど)、主人公を殺人鬼としてしまうことに踏み切れるとは、思っていませんでした。 もう1つの誤解は次の点。 デスノートの主人公はあらゆる意味で1人体制だと思っていたんだけど、そうではなかったこと。 神になりたがっている殺人鬼に挑む探偵Lも、作品構構造な意味で、もう1人の主人公として設定されていた。 月とLの登場割合はほぼ均等。Lは途中で死ぬらしいが、それまでは、きっと2人主人公体制で進むのだろう。 だが漫画を読んでますます思うのだが、世間では月派、L派に贔屓キャラが分離される状況になっているらしいけど、月派のひとって月のピカレスクな魅力に惹かれているだけであって、考えに共感しているわけではないよね。考えに共感しているとすると、非常に物騒な社会だなーと僕は怖さを感じちゃうわけだけど。
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デスノートの原作者はガモウひろしだったとは。 はじめてしった。ラッキーマンは好きだったな。 |
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●まずは前日に引き続き、デスノート絡み。 週刊少年ジャンプ誌上に登場した西尾維新インタビュー内容が下記アドレスにて公開。 ●発売時に購買しておきながら、読んだのは北米版『SHONEN JUMP』初代編集長にして現VIZmediaエグゼクティブ・バイスプレジデント・成田兵衛氏へのインタビューとその関連原稿、高河ゆん×西尾維新の「放課後、七時間目。」のみのコミック版ファウスト。ネタにしようと思いつつも、全部読んでないため、いままで保留にしてきました。 なんせ西尾維新のアナザーホリックノベライズもCLAMP嫌いなんで、読まないまま(といいながら単行本は購入。コミックファウスト収録の1話を含め、現在、読書中なのだけれども)。ほかの漫画部分も、全体的に僕の好きな絵柄じゃないため放置状態なのです。 なんでごく、一部の感想しかいえないわけだが、成田氏のインタビューとその関連原稿に限っていうと面白かった。 よくありがちな国策・日本漫画事業として、MANGAの海外進出を捉えるんじゃなくて、1編集者の現場からの視点として、事業を軌道化させるための苦労が詳細に描かれているところがよい。漫画を事業化させるのは役所じゃなくて熱のある編集者なんだという当たり前のことに気づかされました。 ※ちなみに成田氏インタビューに付随して、現ジャンプ編集長の茨城氏(いま、いばちゃんが編集長なのかよ、とびっくり)のインタビューが掲載されているわけですが、ここでもデスノートの話がでてくるんだよな。微妙な最終回話も含めて冒頭、話されているが、正直、僕にはちんぷんかんぷんでした。 「放課後、七時間目。」は微妙な出来でした。正直、西尾の失敗作じゃないだろうか。
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