ふる里日記

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弘前に帰ってきたスローニンの日記
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 久しぶりに出かけた昼の雪燈籠まつりの後は、ランチタイムです。
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 弘前にはカレーの専門店はいくつもある。本格的なナンで食べるインド料理店もあるが、我が夫婦の好みはスープカレーです。
 弘前中央駅の向かい、ルネス街の1階「キャンデイースパイス」です。
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 ランチタイムにはサラダがサービス。
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 私は鶏カレー。カレーのスープです。
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 サフランライスの上に鶏がのっかっています。鶏の皮がぱりぱりと美味しいですよ。
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 妻は豚角煮スープカレーです。サフランライスにかけて食べます。
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 スープに入れるニンニクスライスはお好みでどうぞ。
 結構おなかがいっぱいとなりました。メニューもたくさんあり、妻はこの次は納豆カレーに挑戦、私は骨付き鶏カレーに挑戦するつもり。
 また来たくなるお店ですよ。

弘前・雪燈籠まつり

 昨日は関東や北陸で春一番が吹いたが、弘前でも気温が急上昇で強風が吹いた。今日は一転して寒波がやってくるというという予報だが、降雪は今のところたいした事が無い。12日は久しぶりの晴天だったので、昼の公園の雪灯籠に出かけた。
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 雪不足の弘前だが、公園の中には大小の雪灯籠や人形が作られていた。
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 下乗橋を渡ったところに子供たちが書いた武者絵が飾られていた。
 中々うまいですね。将来のねぷた絵師が期待されます。
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 本丸に上がると曳屋された天守と真白き津軽富士の嶺がきれいですね。なかなか見られない景色です。
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 今までに見たことのないアングルからの岩木山と弘前城天守は本当に絵になります。
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 イベント会場の雪の天守です。天守の半面しかないので、物足りないような気もしますが、これでも自衛隊の皆さんが、大変な苦労で作り上げたことでしょう。
 
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 津軽錦絵大回廊。ねぷたの送り絵などです。夜には灯りをともせば趣があります。灯籠も夜灯をともした頃に来れば情緒があって最高なんですが、、何せ寒さが身に染みる年ですので、今回は、天守と岩木山の眺めに満足して帰りました。

 りんごの種類も最近は地元弘前でも覚えきれないぐらいの数が出回っている。
 スーパーや無人販売所で手軽に買えるけれど、私が買っているのは産直センターである。
 その中でも一番のお気に入りはのリンゴはサシャ。美丘、みおかともいう。
 このリンゴはフジ×王林、世界一で作られたそうだ。
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 2,3年前弘前道の駅・サンフェスタ石川で初めて見つけて虜になってしまった。一口食べるとジューシーで甘い。このリンゴを食べたときの感動は忘れられない。
 最初は12月の終わりころ、すぐなくなってしまった。また来年!!
 翌年はまだか、まだかと待ったが1月に入ってからの入荷。
 今年は貰い物のリンゴが食べきれなくて、2月になってからサンフェスタに電話してみた。
 一個130円のがあとわずかあります。100円のはまだまだありますとのこと。
 サンフェスタに着いたときは100円のしか無かった。
 このリンゴは貯蔵性が高く、ほかのリンゴが少なくなったころに出回っているみたい。
 サシャと言っていたが美丘(みおか)ともいうみたい。岩木の産直でも見かけたような気がする。(今度注意してみよう)
 この写真は大きさも不揃いで見かけが少々良くないが、早く来れば
一個130円の大きくて見かけのいいやつが買えたかも?
 サシャももう終わりに近づいているみたいです。
 しかし、今回も味はとってもグットでした。
 先月末、弘前学院大学礼拝堂において「岩木山麓の鉄生産」と「津軽の鉄器型の鬼伝承ー鬼沢の七日堂祭り」という演題で講演会があった。
 主催は弘前学院大学大学院文学研究科・地域総合文化研究所である。
 弘前学院は聖愛高校より知らない私だが、我が家からはすぐ近くなのに縁がなく遠くから眺めているだけだった。
 しかし今回の演題には興味をそそられ足を運んだのである。
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 弘前学院は明治19年に本田庸一により創設された。弘前では最古の女学校で弘前女学校と言われたれた。今では男女共学でスポーツも強い。
 本田庸一はのちに青山学院の学長も務めた。
 この建物は外人教師館で重要文化財の指定を受けている。
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 講演会の会場の礼拝堂入り口と中の会場とステンドグラスです。
 さて本題の講演会であるが演題は2つあった。
1つ目の岩木山麓の鉄生産について実際発掘調査に当たった、青森市教育委員会の設楽政健氏は健康上の理由ということで中止であった。
 実はこちらの話に大いに期待していたのだが、がっかり。期待を裏切られたような気がした。
2つ目は弘前学院大学大学院文学研究科教授畠山篤氏の津軽の鉄器型の鬼伝承ー鬼沢の七日堂祭である。
 岩木山の北西山麓には製鉄の遺跡が分布している。また製鉄にかかわる地名も伝承とともに多く存在する。
 鬼沢の水利伝承などの鬼は悪い鬼でなく、農民に貢献した良い鬼でと言われておる。
 鬼神社にまつられた農具(巨大な鍬や鎌)なども鬼が造ったものか?
 古くから伝えられた伝承が今も鬼神社の祭りで伝えられている。
 実際の発掘調査によっていまだに解明されていない事もあると思うが
鬼とはいったいどのような人のことを指しているののか?謎とロマンをかきたてる物語である。


 先週の金曜日つがる市のシネマヴィレッジ8で「FOUJITA」を観た。
弘前のシネコンは経営不振でワーナーマイカルからイオンシネマに経営が変わったが、相変らず見たいと思映画がやってこない。
 その時はつがる市か青森まで出かけている。
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 弘前からだと青森よりつがる市の方が便利。
青森だと映画館は三か所ある。つがるの方は一か所なのに不思議と見たいのがよくやってくる。
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 FOUJITAとは藤田嗣治(フランスに帰化後はレオナール・藤田のことである。
 私が藤田の絵画に出会ったのは、秋田市の平野政吉美術館である。
世界一巨大な壁画「秋田の行事」との出会いである。
 今回、藤田の半生を描いた日仏合作の映画が出来上がった。
 つがる市でもロケが行われた縁でこのシネマビレッジでも上映となった。
 藤田は戦前のパリで一番有名な日本人となったのは「乳白色の肌」の裸婦像である。
 映画のポスターの上部に掲載されている。(写真映りが良くないが)
 つがる市では「アッツ島玉砕」の戦争画の展覧会が開かれた様子をロケした。
 藤田は戦後戦争協力を批判され日本に居づらくなり再びパリに向かいフランスに帰化することとなる。
 NHKの特番でこの時の藤田嗣治の事をやっていた。
 戦後70年考えさせられる問題である。
 私の叔父もアッツ島の隣島キスカ島から奇跡の生還を遂げ当時の戦争の凄まじさをよく聞いていた。
 戦争と平和について深く考えさせられる映画でもあった。
 
 

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