太宰治への旅

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 三鷹市美術ギャラリーで太宰治資料展を見た後「太宰治文学サロン」に向かう。ギャラリーから歩いて5、6分の距離である。
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 文学サロンは親切な古い写真付きのガイド板にもあるとおり、太宰も通い小説にも登場する「伊勢元酒店」の跡地に建てられてある。
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 入り口には見慣れた太宰の写真の看板があるのですぐ見つかる。
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 館内はこじんまりとしているが、定期的に企画展示が開催され、直筆原稿や、初版本、初出雑誌など様々な資料が公開されている。
 また、ボランティアガイドも常駐して太宰の足跡や三鷹の歴史の案内もしてくれるという。
 太宰の故郷津軽から太宰の創作の拠点となった、三鷹の地を訪れ、太宰の息吹きに触れた一日となりました。
 金木へは何度も訪れているが太宰治の「疎開の家」には入ったことが無かった。6月18日の太宰治生誕祭の午後、疎開の家で三鷹市の朗読家原きよさんによる「浦島さん」の朗読ライブがあった。
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 太宰治疎開の家はもともと斜陽館の離れとして建てられたもの。斜陽館に隣接してあったが、今は徒歩5分ぐらいのところに移設されている。「旧津島家新座敷」ともいわれる看板があった。
 昭和20年戦火を逃れ甲府、三鷹から太宰は一家でここに一年3か月余り滞在した。その間、23の作品を執筆したと言われている。 
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 中庭を望むしゃれたサンルーム、津島美知子(太宰の良き理解者だった妻)の「回想の太宰治」にも描かれている。
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 太宰治の朗読会が開かれた太宰の書斎と朗読者の原きよさん。
この書斎で24もの作品が執筆された。
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 「浦島さん」はお伽草紙のなかの一編であり、戦争末期の昭和20年6月に執筆された。太宰治が古来から伝わる浦島太郎の伝説を太宰風に解釈した物語。子供に読み聞かせるだけでなく、大人が何度読み返しても意味深長で面白い。
 太宰の誕生日に太宰の書斎で朗読を聞くのもなかなか新鮮な味わいがありました。

太宰治の斜陽館の金庫

 6月19日は芦野公園で太宰治の生誕祭が行われた。その日の午後4時からの斜陽館の近くの「太宰治疎開の家」で行われる朗読会に参加するため金木に着いた。
 朗読会まではまだ時間もあるのでまず、斜陽館へ。
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 ひときわ目を引く金木町の中心にある、太宰治の生家斜陽館。太宰治の父、津島源右衛門によって明治40年に建てられた。
 太宰治は明治42年6月19日生まれ。この家で初めて生まれた男のことということになる。
 赤いレンガ塀に囲まれた和洋折衷の建築様式である。
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 土間を上がった大広間にどんとおかれた仏壇。京都の仏壇屋に特注されたという。とても絢爛豪華で津島家の財力を象徴しているようです。
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 2階に上がる階段。これは洋風の作りである。
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 「斜陽の間」と呼ばれるこの部屋は太宰の実母の部屋。襖に張られた漢文、左から2番目の書に斜陽の語句が書かれてある。
 太宰はこの部屋に机を置いて勉強もしたともいわれる。
イメージ 5 「山源」の原点ともいうべき、金融業の窓口事務室。応接セットも見えます。
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 津島家は貸金業から大地主へと発展していくわけですが、その原点ともいうべき大金庫。
 この金庫が64年ぶりにこの斜陽館に寄贈、元の場所に戻された。
斜陽館の当主、太宰の長兄津島文治氏が斜陽館を手放すときに売却された。その金庫が同じ町の荒関さんから寄贈されたという。
 とても興味の尽きないもです。

 太宰治の生誕祭の日、五所川原の思ひ出の蔵へ行ってきました。
5月18日の東奥日報の記事によれば。津島家のお抱えの呉服商中畑慶吉さんが津島家からもらったと言っていたクラシックな蓄音器。五所川原の骨董商木村隆さんが思い出の蔵に寄贈したという。
 思ひ出の蔵と蓄音器を見てみたいと思っていた。
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 太宰の肖像画のわきに置かれた木のボックス。このままだと何かわかりません。
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 箱のふたを開けるとレコードの回転盤が現れます。右わきに手回しのハンドルがついています。
 下の部分を開けるとレコードを収める棚となっています。
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 大正から昭和初期のものと思われるので手動ゼンマイ式です。
太宰治は義太夫に凝っていたのでこの蓄音機で聞いていたのかもしれません。
 当時のレコード盤はも残っていませんが昭和の歌謡曲か何かの鑑賞会も開かれるそうです。
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 分家の津島家の当時の調度品も展示されています。
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 太宰治と五所川原の関係。母と慕った叔母キヱさん。太宰が津島家から義絶された後の橋渡し人中畑慶吉さんなどの写真が飾られています。
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 二度の五所川原の大火でもこの蔵は焼け残った。太宰は叔母に見舞いのはがきを送っている。
 太宰の人間性がよく出た字体で、筆まめなことがわかる。
 6月18日は太宰治の誕生日であり、心中をした玉川上水で死体の発見された日でもある。
 三鷹市では桜桃忌、生地金木では生誕祭が行われている。いまだにその人気が衰えない作家である。
 金木の生誕祭は混雑すると思って、午後四時からの太宰の疎開の家で行われる朗読会には参加しようと思った。弘前を昼過ぎに出かけ、五所川原のまちなか「思ひ出」パークに立ち寄った。
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 五所川原の駅からも近く、立佞武多の館のあたりに「まちなか思ひ出パーク」「トカトントンスクエア」と銘うった太宰関連の商業施設が並んだ一角がある。太宰治の生誕百年を記念し、その後町おこしとして建てられたもの。
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 思ひ出の蔵の立て看板。太宰治が幼少のころ母と慕っていた叔母キヱ
の写真がある。
 大正5年叔母キヱ一家が金木の津島家から分家した際に建てられた家の蔵は一度解体されたが昨年8月再築された。 
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 太宰治の「思ひ出」の中にも登場する蔵の入り口。 
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 道路側の駐車場から蔵を見たところ。津島家の家紋の鶴の丸が飾られてあります。  
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 思ひ出の蔵の入り口青森ヒバの床に昔の頑丈な金庫が置かれています。

 

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