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 先日の日曜日は、ペンテコステの日であった。牧師が1900年初めに、ロスアンゼルスのアズサストリート(面白いことに、リトルトーキョーにあるそうです)で起こったリバイバルについて語っていました。アズサストリートのリバイバルは、どのクリスチャンでも一度は聞いたことのある話です。興味深いことに1909〜1910年に預言されたことは、その100年後に当時のリバイバルよりももっと大きなリバイバルが起きると預言されたことでした。

 1909年から100年後は、今年であり、
 1910年から100年後は、来年のことです。

 手元にあるアズサストリートについて書かれている本をまた読み始めました。今回はその当時の話を抜粋させて頂きます。


「使徒的信仰の回復」 −ワンネス運動の歴史− 
フレッド・J・フォスター著(テキサス聖書学院長)上田昌司 訳(医学博士)より抜粋

  第五章 アズサストリートのリパイバル

  第一節 ヒューストンからロスアンゼルスへ

 黒人の教役者W・J・セイムーアがカリフォルニア州ロスアンゼルスの集会のための招待状を受け取ったのは、一九〇六年であった。この招待の重要性を深く認識することもなく、彼は過去数週間におこった不思議な数々の出来事について考えこんでいた。

 彼はC・F・バーハムが校長をしていたヒューストン聖書学院の学生であったが、まだ異言を伴う聖霊のバプテスマを受けていなかった。ホーリネス出身の説教者であった彼は救われ、きよめられたとあかしをし、このことを聖霊の体験と考えていた。しかし神の聖言をくわしく調べ、また学院における人々の体験をつぶさに調べ上げた結果、彼は初代教会の人たちが聖霊に満たされたほどにはまだ満たされていないことを知った。彼は古の弟子たちと同じ聖霊の満たしを神に熱心に求めはじめた。

 このようなある日、招待状が届いた。それは小さな黒人のナザレン教会からであった。彼を推薦したのは、最近ヒューストンを訪れ、セイムーアの謙遜さと説教の能力に強い感銘をうけた人の黒人の姉妹であった。ロスアンゼルスに帰るとすぐに彼女は自分の教会へ彼のことを話した。その教会は当時、伝道者をさがしていた。

 セイムーアは、神の御旨と信じて必要な準備をし、汽車にのり、まだ見たこともない西部へ向って旅をはじめた。日曜日の朝に最初の礼拝があったが、事態は変わり、それはまた最後の礼拝となった。説教者として彼は使徒行伝二章四節を主題聖句に選んだ。そして、会衆にむかって聖書的な聖霊のバプテスマのしるしは初代教会がペンテコステの日になしたように、御霊が語らせるままに異言を語ることであると語った。

 この説教は抗議の波をあおりたてた。そしてセイムーアが午後の集会のためにやってきた時には、扉がかたく閉められていた。新しい教義は異端であり、もし彼がそれを説教したければ、よそへ行ってするがよいというの教会員の意見であった。

続く・・・。


by カレブ

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