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「さいき」か「さえき」か
長嶋茂雄選手が天覧ホームランを放った1959(昭和34)年。その元日に国鉄佐伯駅の職員が駅舎前に並んで撮った記念写真がある。看板に「SAEKI STATION」の文字が見える。佐伯の読み方は「さいき」か。それとも「さえき」か。
佐伯市史によると、16(大正5)年、当時の佐伯町議会が町名の読みを「さいき」に決めたとある。だが、駅の方は「さえき」のままで続き、戦後の48年には、佐伯市議会に対し「呼称を『さいき』に変更せられるように」との陳情もあった。今の「さいき」になったのは特急停車駅となった61年のことだ。
佐伯駅が開業した16年から、歴代駅長が書き継いできた駅区誌がある。42代目の曽根田則弘駅長(50)が興味深い業務記録を見つけた。
「佐伯電報取扱所」の記録では「サヘキ」の仮名を振って「さえき」と読ませたらしい。「OBに尋ねると、かつて業務用に電報を扱っていました。電報ではサヘキが使われていたんでしょう」と曽根田駅長。それが「伝達上ノ特別名称」では、いつからか「ヘ」の字が斜線で「イ」に訂正され、本来の読みの「さいき」に落ち着いたようだ。
地元の郷土史家佐藤巧さん(56)によると、「佐伯」という地名の起源は、奈良時代、瀬戸内海の海上警備のため東国から配置された集団「佐伯部」とされる。読みについては、豊後国の港名を記した16世紀の中国の書物に、佐伯が「撒一基」と記され、古くから「さいき」と発音されていたのが分かるという。
では、駅名はなぜ「さえき」だったか。佐藤さんはこの読み方が東国の発音からきたと考えている。
「転勤してきた駅員が地元の読み方を知らないまま、呼称にしたのが始まり。地名には歴史的な背景があり、軽々しく扱ってほしくないという地元の声を受け、改まったんです」
ホームに響く駅名アナウンスにも歴史がある。
佐伯駅は大分県南部の交通の拠点。現在の駅員は10人だが、木材やミカン、シイタケなど特産品の貨物輸送が盛んだった昭和40年代は駅員が130人を超えたことも。上り始発は午前6時3分の大分行き、下り最終は午後9時18分、南宮崎行き。大分から特急で約1時間。0972(22)0142。
独歩も愛した歴史の道
明治時代の半ば、佐伯の学校に教師として赴任してきた国木田独歩。自然主義作家の独歩が愛した緑豊かな城山のふもとに「国木田独歩館」がある。弟と下宿した屋敷に当時の写真や作品を再現した映像を展示。作品の読書コーナーもある。
入館料は大人二百円、子ども百円。月曜休館。佐伯駅からはバスで六分、大手前で下車。江戸期の城郭建築の特徴を色濃く残す櫓門など、佐伯藩の歴史をしのばせる武家屋敷通りを徒歩で抜けて約五分。同館=0972(22)2866。
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