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きょうの散歩道

豪快、炮烙割 京都・壬生狂言始まる



「壬生さんのカンデンデン」の愛称で親しまれている「壬生狂言」の春の公開が29日、京都市中京区の壬生寺で始まった。素焼きの皿約千枚を豪快に崩して落とす「炮烙割(ほうらくわり)」などが演じられ、約400人の観客を楽しませた。

 
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                舞台から豪快に炮烙を落とす壬生狂言の役者たち


炮烙割は、太鼓売りと炮烙売りが出店順を巡って、争いを繰り広げる人気演目で、太鼓売りが隙をみて売り物の炮烙を全部割ってしまう場面が一番の見どころ。大げさな身ぶりで争う2人の所作が笑いを誘い、最後に高さ約3メートルの舞台から炮烙が落とされると、大きな歓声と拍手に包まれた。
 
壬生狂言は約7百年前、円覚上人が、声が届かないほど集まった群衆に向けて、身ぶり手ぶりで仏の教えを伝えたのが始まり。近世以降は娯楽としても発展し、現在30番の演目がある。

5月5日まで。有料。

阿修羅原さんの通夜しめやかに 盟友・天龍の供花も  

肺炎のため68歳で亡くなった元プロレスラーの阿修羅原さん(本名・原進)の通夜が29日、故郷の長崎県諫早市でしめやかに営まれ、ファンやラグビー関係者など約160人が参列した。

「安らかなお顔だった。ひつぎには背広が入れられていた。全盛期には届かないが、それでも体重は80キロあったそうだ」(地元関係者)。ひつぎは長さ2メートルだった。

 阿修羅原さん(本名・原進)

諫早農業高校在学中からラグビー選手として頭角を現し、東洋大学を経て社会人では近鉄に所属した。

近鉄時代の1970年に日本代表に選出され、同年3月22日ブリティッシュ・コロンビア州代表戦(於・秩父宮ラグビー場)でNO8として初キャップを獲得。以後、主として左プロップとしての他、右プロップ・NO8としてのものも合わせて1976年までに日本代表キャップ16。当時としては世界規格と言われた恵まれた体格や強いスクラムとコンタクトを武器に日本を代表するラガーマンとして活躍した。

日本ラグビー史上屈指の名勝負と言われているイングランド代表との2連戦(1971年9月24日於・近鉄花園ラグビー場)(9月28日於・秩父宮ラグビー場)にも2試合とも出場している。1976年には日本人として史上初めて世界選抜メンバーに選出されている 



盟友の天龍源一郎(65)は弔問に訪れなかったが、祭壇の最上部に「天龍同盟」「龍原砲」とそれぞれ天龍の名前で供花があった。プロレス界の有名人たちだけでなく、親交の深かった落語家三遊亭円楽(65)の花も届けられていた。

 前出の関係者は「入院は1〜2年続いたと思う。ご飯が食べられず、排尿もままならない状態だったと聞いた」と晩年の様子を明かす。

 阿修羅さんがプロレスやラグビーで活躍していた写真や雑誌記事なども、遺族からの提供を受けて会場に飾られた。告別式は30日午後1時から行われる。

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