悲しいかな、スッキリしない思いが未だに残っている。リオデジャネイロ五輪から新たに採用される7人制ラグビーで、日本ラグビー協会は6月29日に「日本代表選手団」として男子14人、女子13人を発表。発表会見後には男女揃って関係者・団体を集めての壮行会も開かれた。
ところが、女子が7月16日、男子が同17日に発表された12人ずつの「内定選手」には、男女ともに当初バックアップに選出されていた選手が昇格。男子は山田章仁、藤田慶和(ともにパナソニック)、松井千士(同大)、女子は竹内亜弥(アルカス熊谷)、加藤慶子(世田谷レディース)が“泣き”を見ることになった。
日本協会や男女両ヘッドコーチは6月29日の発表以前に、選手には「発表後もセレクションは残っている」と十分に説明したと言う。実際に説明を受けたことを証言している選手もいる。しかしメディアを集め、テレビカメラの前で五輪への意気込みを語らせ、にも関わらず落選した選手の気持ちを本当に考えた上での発表会だったのか。男子の松井に至っては、五輪用ジャージーに袖を通し、ジャージーお披露目会にまで出席した。もちろん本番では故障者が出てバックアップから昇格しない限り、袖を通すことはできない。
アスリート・ファーストという言葉がある。何事も選手を最優先に考えるという考え方であり行動規範だが、選手のプライドを踏みにじる今回の出来事は、果たしてアスリート・ファーストに則っていたのか。協会関係者は6月初旬ごろから発表会を29日に設定し、その後に行う壮行会の準備にも追われていた。壮行会ありきの発表だったなら、これほどの本末転倒はない。
五輪は選手はもちろん、日本協会にとっても初めての経験。不慣れな点があったことは認める。それでも日本がリオデジャネイロに選手を送り込む7人制ラグビー以外の26競技の団体で、このような問題は皆無だった。4年後に反省を生かせば済む問題ではない。声を上げることのできない選手たちの心の傷は、修復はできても痕跡が消えることはないだろう。