ツイドラキ、亡き父はトヨタ自動車で活躍したWTB 活躍の場を日本に求め同じチームに【ノーサイドの精神】7人制日本代表候補のセブンズ・ディベロップメント・スコッド(SDS)が優勝した7月2日のジャパンセブンズで、準優勝したトヨタ自動車の一員として5試合で5トライと存在感を示したのが、今季加入したフィジー生まれのバティリアイ・ツイドラキ(22)。その名を聞けば懐かしむファンの方もいるだろう。 父もトヨタ自動車で活躍。フィジー代表キャップ6、日本代表として1999年W杯にWTBで出場して19キャップ、「パット」の愛称で日本のファンにも愛されたパティリアイ・ツイドラキ氏だ。祖国フィジーで自動車関連の事業をしていた2002年9月、突然、急性心不全で死去。33歳での急逝の悲報は日本にも駆け巡った。 「僕は夜寝て、朝起きたら、お父さんが亡くなったと聞きました」 バティリアイはよどみない日本語で、そのときのことを話した。バティリアイが生まれた直後の95年、父はトヨタ自動車初の外国人選手として来日。7歳まで愛知・豊田市で過ごした。「日本語はだいぶ忘れました」と照れるが、どうしてどうして、会話に不自由することはない。 父の後を追うように、ニュージーランド・オークランドでカレッジに入学。CTBとしてU−20フィジー代表に選ばれ、主将にもなった。そこから豪州に渡り、スーパーラグビー・ブランビーズの育成チームにも入った。活躍の場を日本に求め、父と同じチームに入ったのは必然だったのだろう。「父親のプレッシャーはありますけど、楽しみ」と人懐っこい笑顔をのぞかせた。 PatiliaiとVatiliai。父と1文字しか違わないファーストネーム。何かゆかりがあるのかと尋ねたら、「おじいちゃんの名前をもらった。フィジーの伝統です」。穏やかに、誠実に答える姿は、試合中の激しさとは全く対照的だった。 今季からトヨタ自動車を率いるのは、2007年W杯で祖国南アフリカを優勝に導いたジェイク・ホワイト氏(54)。世界的名将のもと、チーム初のトップリーグ制覇へ、この好青年もきっと大きな役割を果たすに違いない。 |
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