駅守り続ける男性 併設カフェ、熊本地震後も営業 復活列車を待つ駅舎は、まぶしいほどの桜に彩られていた。熊本地震で被災した南阿蘇鉄道では、全長17・7キロのうち10・5キロが未開通。その不通区間にある長陽駅(熊本県南阿蘇村河陽)にはカフェが併設され、地震後も営業を続ける。手作りのシフォンケーキとひきたてコーヒーが人気で、気さくな店主・久永操(そう)さん(38)が駅を守り続けている。
【写真】熊本城石垣から400年前の人物画 地震による崩落で発見 1928(昭和3)年に開業。かつては阿蘇登山口駅として栄え、近年は高校生や高齢者らが乗降した。駅舎前に広がる桜並木は、地域有志が年々増やし、一直線に500メートル続く。 カフェの開業は2006年。佐賀県出身で高校、大学を米国で過ごした久永さんは帰国後、東京でプログラマーの道を歩み始めたが、迷いの中で両親が移住した南阿蘇村へ。同鉄道各駅では、民間に「管理駅長」を委嘱し、そば店、温泉施設なども運営されていた。久永さんは母親直伝のシフォンケーキを提供するカフェを提案し、開業にこぎつけた。 駅店は土日、祝日限定で開き、平日は訪問販売している。そんな営みが軌道に乗り始めた頃、熊本地震があった。妻子らと暮らす自宅は大規模半壊したが、耐震補強していた駅舎は無事だった。
地震後、一家は北九州市にある妻の実家に身を寄せたが、久永さんは何度も村に戻った。最初は水と食料、やがて雨よけのブルーシートや薬、ヘルメット、修理用金具などを抱え、知人らに届けた。 店を再開したのは連休明けの5月。店のポストに、近所の子どもが描いた絵手紙が入っていたのが発端。「また、シフォンケーキが食べたい」。自衛隊の給水で入れたコーヒーを、復旧に追われる人たちに振る舞ったのが一歩だった。 地震から3年、同鉄道では2022年度の全線開通に向け、復旧工事が続く。「最初は、いつになったら列車は来るのか、そんなことばかり考えていたが、つらい地震があったからこその出会いもあってね」。久永さんは最近、そう思うようになったという。 駅の線路には雑草が茂らない。ボランティアらが再開を願い、折々に刈ってくれているからだ。列車利用の往来は途絶えたが、周囲に広がる田園風景や、時をのんびり楽しむ常連も増えた。異動の春、共に復興に奔走した知人が転任前、別れを惜しんで訪ねてくれたりもする。 「いろんな人がいて、それぞれに役割があり、駅って、そんな人たちの物語のステージだって思えるんですよ」。久永さんは盛りの桜をしみじみ眺めた。 |
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「街おこしとともに高校ラグビー日本一を」「10年で高校ラグビー日本一」 途方もない目標を掲げたOB監督がいる。吉瀬(きちぜ)晋太郎。福岡の県立、浮羽究真館を率いる。 同校は今年1月、県新人戦で54年の部史上最高の4強入りを果たした。冬の全国大会(花園)優勝6回、歴代4位の東福岡にこそ0−103と敗れたが、吉瀬は就任4年目で大きな足跡を残す。 青年監督は丸刈り。目は修行僧のように鋭い。しかし、笑うと顔は崩れる。 「ベストフォーに入れたのは、地域や学校のみなさんのお蔭です」 行動力のかたまりのような33歳は、チーム強化とうきは市の街おこしを絡める。市には学校と自宅があり、吉瀬自身の出身でもある。根底にはあるのは郷土愛だ。 「市の収入を調べたら、1位が観光を軸にする収入やったんです」 人口3万人ほどのうきはは県の南部、久留米から大分に向かうJR久大本線沿いにある。いちご、ぶどう、なし狩りや旧筑後街道にある旧家群の白壁通り、吉井や筑後川など温泉が観光客を呼んで来る。 そこにラグビーも加えたい。 校内でラグビーグラウンドは2面取れる。県南部の強化を目的にする練成会もここで行われる。対戦希望のチームが増えれば、選手、父兄、OB、一般のファンらが集まる。飲食や宿泊などのお金が地元に落ちる。 「街が活性化して、人が来れば、住人は幸せになることのほうが多いと思うのです」 市へのアプローチは済ませている。4年前、当時の校長に連れられて市役所に市長の高木典雄を訪ねた。その後、積極的に市の催しに参加する。 観光客の癒しを目的に作られた森林セラピーロードの石などを取り除く整備やチップをまくなどの補修を手伝う。秋の市民運動会では椅子やテントなどの片づけ、部でリレーなどに参加。冬の駅伝大会にも出場する。夏の吉井祇園祭では獅子の張り子を振って盛り上げる。 毎日の出来事や練習は女子マネージャーがブログに書き込み、Twitterと連動させる。ホームページもある。世界とつながる。この4月21日(日)には学校の南側で2回目となる「たんぼラグビー inうきは」が開催される。老若男女問わず4人一組で水を満たした田の中で、楕円球をつなぎ対戦する。初回は市の生涯学習課が音頭をとった。今回も市と市教育委員会は後援に名を連ねる。ラグビー部員は運営協力をする。 市が潤えば、恩恵はラグビー部にも及ぶ。行政の助力があれば、個人やチーム、学校では難しいことも実現可能になってくる。 奈良では県立の御所実が先んじている。全国大会準優勝3回の実業校には毎週のように日本全国からチームが武者修行に訪れる。「ラグビー・タウン」として名をはせた結果、市や県のバックアップもあり、そのグラウンドは人工芝化された。 「ゴセのようになれば…」 以前、吉瀬は話したことがある。 その情熱は周囲にも伝わり始めている。この4月、JR筑後吉井駅近くにラグビー部寮が完成する。学区は福岡と大分全県のため、寮の有無は強化に直結する。後援者が提供してくれ、寮費の中から賃料を払う。 吉瀬は自分磨きも怠らない。2年前の冬、栃木・宇都宮に出向いた。作新学院の硬式野球部監督・小針崇宏に会うためだ。35歳の若さで、2016年の夏の甲子園を制した指導力に感銘を受けた。 「連絡先がわからないので、学校に電話を入れましたが、監督につないでもらえました」 飛び込み、はたけ違い、しかも駆け出しにも関わらず、しっかり遇してもらう。練習視察後は焼き肉やお酒をごちそうになった。 「器の大きさや優しさなどの人間性を学ばせていただきました。優勝監督は違います」 他競技から学ぶのは、選手を勝利に導く最終目標は同じという信念に基づいている。 吉瀬は浮羽(浮羽究真館への統合前校名)から、京都産業大に進んだ。センターとして公式戦に出場した。日本代表プロップの山下裕史(神戸製鋼)は同期だった。卒業後、住宅販売会社に2年弱つとめる。営利企業で働いたことで、観念ではなく、行動に重点を置く傾向が強まる。 3月29日に開幕した高校ラグビーの第20回選抜大会では初出場に向けて、淡い期待を抱いていた。大会には実行委員会推薦枠が東西で2つずつある。選抜高校野球の21世紀枠と同様、勝敗よりもそれまでの実績などを考慮されて選ばれる。 しかし、今回は関西福祉大金光藤蔭(大阪)と大分東明(大分)に決まった。軽く落ち込んだ時、妻・友香に言われた。 「東福岡を倒して出たらいいだけでしょう」 学生時代、京都で出会った女子は、うきはに嫁ぎ、三児の母になっている。 「そやなあ、って思いました」 ジャイアントと称される東福岡との点差は103。これを縮め、ひっくり返すのは至難の業だ。しかし、吉瀬は無名に近いチームを4年で東福岡と対戦できる位置まで引き上げた。 現在の男子の部員数は35(新3年=20、新2年=9)。入学式前の段階で1年は11人の入部が決まっている。人数は吉瀬の赴任以来最多。3チームは組めるようになる。 「あと10人か20人くらいには入ってもらいたいと思っています」 街おこしとチーム強化。その融合を極め、近い将来、満願を成就したい。 |
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