写真:長田洋平/アフロスポーツ
箱根駅伝ランナーを強くする食の秘訣 第1回2019年8月28日 2002年から2005年の箱根駅伝で、圧巻の4連覇。初優勝した2000年以降、計6度の優勝を誇る強豪校・駒澤大。この輝かしい実績の裏には、長距離ランナーの身体作りにおける食の重要性を説く名将・大八木弘明監督のもと、25年もの間、献身的に選手の栄養サポートを行ってきた栄養士がいることをご存知でしょうか。
「箱根駅伝ランナーを強くする食の秘訣」の第1回は、栄養バランスに気を遣いながら、家庭的な温もりを大事にし続けてきた栄養士が作る、駒澤大の朝ごはんを紹介します。 25年間、寮で食事を作り続ける 二子玉川の瀟洒な街並みを多摩川沿いに進んだところに位置する、駒澤大・玉川キャンパス。体育館、陸上競技場、多目的グラウンドなどの施設を備えるこのキャンパスは、体育会の部活動とサークルの活動拠点となっています。
駒澤大陸上競技部に所属する選手46名は、玉川キャンパスの近くにある学生寮「道環寮」で寝食をともにしています。この寮で、箱根路を目指す選手のために25年もの間、食事を作り続けているのが、栄養士の大八木京子さんです。夫の大八木弘明監督が1995年に母校である駒澤大のコーチに就任したことを機に、大八木さんに白羽の矢が立ちました。 「今では考えられませんが、当時は下級生が食事当番を担っていました。当然ですが、これでは栄養バランスの良い食事はとれないですよね。大八木監督は長距離ランナーの体作りにおける食の重要性を認識していたので、まずは食生活の改善に着手。私がメニュー作りと調理を担当するようになりました」
道環寮では月曜日から金曜日、選手に朝食と夕食を提供しています。大八木さんは、朝・夕の全メニュー作りと夕食の調理を一手に担います。朝食の調理のみ、寮の近所の方と分担しながら行っています。 「朝食の時間は7時30分頃からなので、5時過ぎには準備を始めます。朝は1日のスタートなので、まずはしっかりとご飯を食べてもらうことで、たんぱく質を摂取してもらいます。おかずには卵料理や焼き魚、納豆やサラダをバランス良く添えています」 朝食のメニューは、事前に決まっている練習内容に合わせて、1週間くらい先の分まで決めています。「実際に調理するよりも、メニュー作りの方が悩む」と大八木さんは言います。「バリエーションを増やすのが大変で。最近は市民ランナーでも詳しい方がいるので、逆に教えてもらいたいくらいです(笑)」
そう言って笑う大八木さんが味付けにおいて意識しているのは「バランスを考え、家庭的であること」。「過度にアスリートであることを意識しすぎず、家庭料理の延長線上にあるような料理を出し続けていきたいと思っています。OBが寮の食事を懐かしがってくれたり、また食べたいと言ってくれるのは嬉しいし、励みになりますね」 駒澤大の朝ごはんを紹介 それでは、駒澤大陸上競技部の朝ごはんを、メニュー作りのポイントとともに紹介していきます。
【2019年8月5日(月)の 朝食メニュー】
主食:ご飯 主菜:目玉焼き、ウインナー、ほうれん草のソテー 副菜1:納豆 副菜2:鶏肉サラダ 副菜3:味噌汁 乳製品:乳飲料 【メニュー作りのポイント】 「朝食は1日のスタートなので、体や脳(学生なので!)を活性化させるために大切です。陸上部員は朝練も行なっているので、朝から疲れてしまわないように糖質とたんぱく質がしっかり摂取できる、バランスの良いメニューを心がけています。卵、納豆はたんぱく質が豊富で、アミノ酸スコアも完璧な食材なので、ほぼ毎日並びます。ほうれん草とソテーしたウインナーと鶏肉サラダでさらにたんぱく質とビタミンを加えてみました」 【2019年8月6日(火)の朝食メニュー】
主食:ご飯 主菜:チキンナゲット、焼売 副菜1:納豆 副菜2:卵焼き 副菜3:笹かま 副菜4:ブロッコリー 汁物:味噌汁 100%ジュース 差し入れのお菓子 【メニュー作りのポイント】 「納豆、卵の他にチキンナゲット、焼売でたんぱく質を加えました。納豆はカルシウム、鉄、食物繊維が多い優良な食材です。常備している海苔やシラスと一緒に食べることで、カルシウムをより多く摂ることができます。キムチも欠かせないので一緒に摂ってパワーアップしています!」 【2019年8月7日(水)の朝食メニュー】
主食:ご飯 主菜:焼魚(鮭) 副菜1:納豆 副菜2:温泉卵 副菜3:ポテトサラダ 副菜4:かまぼこ 汁物:味噌汁 果物:バナナ 100%ジュース 【メニュー作りのポイント】 「鮭はたんぱく質だけでなくビタミンB1や鉄も多く含まれるので、よくメニューに取り入れています。魚類の脂質は体に良いです。この日はポイント練習を控えていたので、バナナを添えてエネルギー不足にならないようにしました。朝食時に食べる選手もいれば、練習までの補食として食べる選手もいます」 夏場と箱根駅伝の直前は注意を払う 長距離ランナーの年間スケジュールは、トラックシーズンと駅伝シーズンに大別することができます。大会は年間を通じて行われるため、時期によってメニュー内容をガラッと変えることはありませんが、食欲が落ちやすい夏と箱根駅伝を目前に控えた12月末は、細心の注意を払います。
「夏は暑さで食欲が落ちてしまいがちです。選手の体重は部で管理していますが、なかには極端に減ってしまう選手もいるので、補食としておにぎりやバナナを提供したり、疲労回復に効果があるとされるビタミンC、ビタミンB1を多く含む食材を使うようにしています。体重が減少傾向にある選手への声がけは積極的に行っています」 「箱根駅伝は大学3大駅伝の中で最も距離が長いので、本番1週間くらい前から徐々に炭水化物を増やしていきます。いつものご飯に加え、季節柄、温かいうどんやお餅を出すことが多いです。後はあまり胃に負担のかからないものを出すように意識しています」 こうして、寮でしっかりと食事をとった選手が大会で力強い走りを見せ、結果を残してくれたときが何よりも嬉しいと大八木さんは言います。メニュー作りにおいて全幅の信頼を寄せる大八木監督と、毎日の食事を楽しみに待っている選手のために、大八木さんは厨房に立ち続けます。 |
陸上競技/駅伝
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85回の記念大会で、通常より3チーム多い史上最多の23チームが参加したが「前回(記念大会)は3校が途中棄権したが、今回は教訓を生かした。90回大会は地方の学連にも呼びかけたい」と、5年後は3枠を関東以外の大学に与える方針だ。
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寺田明日香が日本タイ記録でV<陸上:アスリートナイトゲームズイン福井>
◇17日◇福井県営陸上競技場◇女子100メートル障害
【写真】電光掲示板の前で笑顔の寺田 陸上のナイトゲームズ・イン福井は17日、福井県営陸上競技場で行われ、女子100メートル障害で今季6年ぶりに競技復帰した寺田明日香(29=パソナグループ、恵庭北)が13秒00(追い風1・4メートル)の日本タイ記録で優勝した。 従来の自己記録を0秒05縮め、金沢イボンヌが00年に樹立した記録に並んだが、目標としている今秋の世界選手権の参加標準記録(12秒98)は突破できなかった。 結婚、出産、7人制ラグビーの挑戦を経て再び陸上の世界に復帰した今季は100メートルでも7月の南部忠平記念で自己記録を12年ぶりに更新する11秒63をマーク。恵庭北高時代に高校総体を3連覇した早熟のハードラーが日本のトップに戻ってきた。
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サニブラウン、桐生らが決勝進出
<陸上:日本選手権>◇27日◇福岡・博多の森陸上競技場◇男子100メートル予選、準決勝
9秒台決着なるか。注目の男子100メートルは28日の決勝進出者が決まった。準決勝は9秒97の日本記録を持つサニブラウン・ハキーム(20=米フロリダ大)が10秒05の2組1着、9秒98の前日本記録保持者、桐生祥秀(23=日本生命)は10秒22の1組2着で通過した。
5月に自己ベストを10秒04まで伸ばした小池祐貴(24=住友電工)は10秒09の1組1着、昨年覇者の飯塚翔太(28=ミズノ)は10秒27の1組3着、昨年2位のケンブリッジ飛鳥(26=ナイキ)は10秒20の2組2着、多田修平(22=住友電工)は10秒21の2組3着でこちらもこちらも準決勝を突破した。決勝は28日午後8時30分から。9秒台決着の可能性も十分ある。
予選は小池が10秒22で1組1着、多田が10秒38の2組1着、飯塚が10秒39の同組2着、ケンブリッジが10秒33の3組2着、桐生が10秒31で4組1着、サニブラウンが10秒30の5組1着だった。 |
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陸上選手は「職業」になるのか
小学生以下の子どもたち1000人を対象とした「大人になったらなりたいもの」アンケート(第一生命調査)で、男子のなりたいものとして「陸上選手」が7位に入ったという。
前年度は36位だった「陸上選手」は、1989年のアンケート実施以来、これまで一度もトップ10にランクインすることはなかった。
それでも近年、男子100m走で桐生祥秀(日本生命)によって日本人初の9秒台が実現され、男子マラソンでも設楽悠太(ホンダ)と大迫傑(ナイキ)が相次いで日本記録を更新して報奨金・1億円を受け取るなど、日本人選手の活躍が目立った。それが今回の結果にもつながったのだろう。
© 文春オンライン リオ五輪では400mリレーで銀メダルを獲得した桐生祥秀(写真右) ©JMPA
そんな報を聞いて、かつて活躍していたある選手の言葉を思い出した。
「こういう選手が日本の頂点に立つのか」「陸上競技で食べていくのは正直、現実的ではない。だから僕は野球を選ぼうと思っています」
彼は陸上競技で中学時代、何度も全国大会で日本一に輝いたアスリートだった。同世代の競技者としては、まさに雲の上の存在。同じ会場でその姿を見た時には、中学生離れしたフィジカルの強さや運動能力は「こういう選手が日本の頂点に立つのか」と思わせるのに十分な迫力だった。
一方で、彼は野球の分野でもその能力をいかんなく発揮。甲子園で活躍するような強豪校からもいくつも声をかけられていた。
進路、どうするんだろう。
そんな周囲の疑問に対して彼が出したのが、前述の答えだった。
結果、彼は甲子園常連校へと進学し、1年生からベンチ入りすると、2年生からは時に4番も任されるなど活躍を見せた。念願の甲子園にも出場して、順風満帆の高校野球生活だっただろう。
その後、彼は希望通りプロの球団にドラフトで指名され、無事にプロ野球選手の仲間入りを果たす。「野球で食べていく」という入口までは辿りつけたわけだ。
だが、もともと抱えていたケガが悪化すると、プロ入団後わずか1年でチームを自由契約になる。その後は、野球の世界で表舞台へと戻ることはなかった。そして数年後、再びその名前を目にしたのは――新聞の三面記事でのことだった。
プロスポーツの世界は厳しい世界だ。与えられた猶予の中で結果が残せなければ、自由契約という名のクビになることもある。それ自体は仕方のないことだろう。
だが、当時の彼の境遇を思うと、例えばその時に「職業・陸上選手」という発想が出てこなかったことがとても残念に思える。
彼がプロ野球を自由契約になったのは20歳の時。世間的には大学生と変わらない年代であったし、「もし野球がダメなら、もう一度陸上競技の世界に戻れたら……」と、新聞を読みながら思った記憶がある。
日本特有の「実業団」システム そんな昔話を振り返りながら考えたのは、これまで陸上選手が子どもたちの将来の夢に入ってこなかった大きな理由の1つは、陸上競技という種目自体が、多くの人にとって「職業」として認識されていなかったことではないか。
学生時代に日本一に輝いた選手にすら「食べていくのは現実的ではない」と思わせてしまう状況があったわけだ。そのハードルが少しでも下がり、「陸上競技でなんとか食えるかな」と思えていれば、仮に他競技で道を絶たれた後でも選択肢のひとつとして考えることができたはずだ。
世界的にも珍しいが、現在の日本陸上界で競技を仕事としている選手のほとんどは、実業団に所属する組織の一員という形式をとっている。彼らは企業の「(契約)社員」で、一般業務を免除される代わりに、競技練習や大会参加で社のイメージアップやアピールに貢献する。普通の会社員と同様に月々の給料が支払われ、社によっては現役選手を引退した後も組織に残り、社業に専念することもできる。安定を考えれば非常に合理的なキャリアともいえる。
駅伝以外でも「陸上競技の選手」という職業が浸透した ただ、この形式での競技が可能なのは、ほとんどが長距離選手。年始の箱根駅伝をはじめ、駅伝という陸上競技の中では特異な「チームスポーツ」人気が異常に高い、日本特有のシステムでもあるのだ。しかも、チームの存続は当然ながら会社の経営に大きく左右される。年始には、陸上界の名門であった日清食品グループの陸上部が大幅縮小されるというニュースも話題になった。
だからこそ、近年の選手たちの頑張りによって、駅伝以外の種目でも「陸上競技の選手」という職業が浸透したことは非常に大きな進歩だと思う。
競技以外に仕事を持ちながら生活している選手も多い そもそもスポーツ選手が「職業」として認知されるには、大きく2つの要素が関わってくると感じる。
ひとつは競技を続けながら生活できる収入を得ていること。これは別に競技だけで生計を立てるという意味ではなく、その競技を継続しながら、副業を含めて食っていけるという状態だ。
そしてもうひとつが、その競技の結果やプロセスで、一定以上の人に影響を与えているということだろう。例えばサッカーのJ2、J3のチームやバスケットボールのB2、B3のチームには、純粋なプロではなく競技以外に仕事を持ちながら生活している選手も多い。それでもチームそのものの影響力や地域性などで、多くのファンにその活動を認知されている。だからこそ、彼らは職業として「サッカー選手」「バスケットボール選手」をやっていると胸を張れるわけだ。
翻って陸上競技を考えると、いままさにこれらの条件を埋めるチャンスがようやくやって来ている。
前述の桐生や大迫は、現在、実質的にプロ選手として活躍し、複数の企業とスポンサー契約を結ぶ形で競技を続けている。他にも欧州でのリーグ戦などで上位に入ることで、賞金を稼ぐことも可能だ。そうしてメディアの露出を増やすことで、多くの子どもたちの憧れになることもできる。
過去ないほどに陸上競技そのものに多くの人の目が向いている また、近年は実業団ではなく普通の企業や自治体に勤めながら競技を続けるようなケースも増えてきている。
埼玉県庁の職員として活躍し、今年4月からプロになる川内優輝はその典型的なパターンだろう。陸上競技が個人競技であるという特性を上手に活かして、自分の時間をやりくりしながら実力をつけて行ったケースだ。川内の場合は、そのバックボーンから一般の市民ランナーたちも共感を持ちやすく、影響力は大きかった。学生時代の実績には乏しいが競技を続けたいと思う若手選手にも、新しい道を提示してくれたともいえる。
今回の調査で結果が出たように、現在、過去ないほどに陸上競技そのものに多くの人の目が向いているのは事実だ。だからこそ、運営サイドにはこの追い風を止めることなく、「職業・陸上選手」の認知を広める努力をしてほしいと思う。
東京五輪というイベントや、1億円の報奨金というインパクトの強さだけで終わってしまっては、五輪後にはまた元に戻ってしまう。SNSを通じた新たな大会の運営や、ストリーミングでの競技配信など、新たな可能性を感じる施策も増えてきている。そういった新しい要素も活用しながら、各選手や運営側が世間への影響力を高めることで、「子どもたちの将来の夢」としての立場を確立できるのではないだろうか。
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五輪を目指す医大生・広田有紀
陸上女子800メートルで20年東京五輪を目指す国立大医学部生がいる。広田有紀(23)=秋田大5年=は、昨年6月の日本選手権(山口)で2分4秒33の自己ベストをマークして4位。9月の日本学生対校選手権(川崎)では2位に入った。五輪出場権獲得への練習に加え、医師免許取得に向けて秋田大で勉強や実習に励む日々。異色の“二足のわらじ”を履く素顔に迫った。(取材・構成=細野 友司、カメラ=矢口 亨) 日本のトップ、そして世界へ―。広田は18年の日本選手権で自己記録の2分4秒33を出して4位。日本学生対校選手権はレース最終盤まで優勝を争って2位に入った。18年アジア大会4位の北村夢(23)=エディオン=ら“3強”と勝負できる感覚は日増しに高まりつつある。 「4年生の時(17年)は越えられない壁を感じて終わったけど、18年は日本選手権の時に『入り込めるかも』と感じた。4位という順番は、まだまだ行けるんじゃないかと考えています。日本選手権など大きな大会で3強を崩したい」 新潟高2年時に岐阜国体少年の部で優勝したが、陸上は高校でひと区切りのつもりだった。医師を目指して高3夏からは受験勉強に没頭し、両立は考えもしなかった。だが、国体Vのキャリアを持つ新入生を陸上部が放っておくはずもなかった。 「陸上部さんのツイッターが私をフォローしてくださって。入学式で勧誘されて、お昼ご飯を食べながら雰囲気を聞く機会がありました。健康増進ブロックといってジョギングするだけの部門もあるので、気楽な感じで楽しそうだなと思って入部を決めました」 当初は伸び悩んだ。ただでさえ、受験勉強で半年以上のブランクがあった。秋田大は800メートル専門のコーチが不在で、練習メニュー作りにも困った。2年時の15年日本学生対校は2分10秒19で準決勝敗退。また全国で戦いたい―。自分から状況を打開しようとする姿勢が壁をこじ開けた。3年時の16年日本学生対校は2分6秒04で3位。4年時の17年日本選手権は2分5秒01で準優勝し、力を証明した。 「東北大にいる高校時代の同級生に連絡をとって一緒に練習参加させてもらったり、SNSでは仙台大の方とつながって、練習の組み立て方を教えてもらったりしました。3年生で手応えをつかんで、4年生では初めてオーストラリアで海外の試合も経験できたのが大きかった。冬季の練習も一番頑張れていましたね」 ■身近な職業だった医師
競技を始めた小学5年の頃から800メートルを主戦場にしてきた。1500メートル、3000メートルもこなす持久系が持ち味のランナーだ。 「1キロ3分50秒と息が上がるくらいのペース走で徐々に距離を延ばしたり、距離を変えずにペースを変えて持久力をつけたり。あとは長い距離のジョグ。60分間、1キロ4分のペースで走り続けた。800メートルにはスピードが持ち味の短距離型の選手もいますし、アプローチがいろいろあるから面白いです」 医学生ならではの、合理的なコンディショニングも躍進を支える。女性選手が避けて通れない月経とも、薬に頼らず付き合えている。 「朝起きてすぐの心拍で疲労感は分かるので、あとは体感的な疲労感をかけあわせて、ピーキングは考えるようにしています。月経も薬で調整するのは好きではなくて、周期に合わせて食事や体温調節、刺激の高い練習メニューを外すようにしています。月経が近づくと女性ホルモンが高まって脂肪をため込もうとするので、乳製品を極力控え、睡眠時間を多くしますね」 医師は、最も身近な職業だった。離婚して女手一つで育ててくれた母・美恵さん(56)は眼科の開業医。自宅の1階が診療所だった。 「2階に住んでいて、小さい頃は『来ちゃダメ』って言われても、しょっちゅう下りて行ってました。お医者さん以外の職業を知らなかったから、小学校の文集にも将来の夢は『眼(め)医者さん』と書いていました」 県内屈指の進学校に進んだ高校時代は物理が好きな理系女子。校内推薦で進学できる国立大医学部にターゲットを絞って努力した。 「物理は力学系の法則が得意で、一番勉強している感があったのも好きでしたね。もともと陸上をギリギリまでやろうと思っていたので、まずは推薦をもらえたらいいなと思って高校1年から勉強していました。目の前の勉強に精いっぱいで、通知表の評価を一生懸命上げようと。最初に志願した新潟大は推薦がダメで、秋田大から合格をもらえました」 医学部のカリキュラムは、6年間。段階的に知識と経験を深めていく。 「1年生は教養。物理化学や統計、英語も学びつつ、鑑別疾患(患者の訴えや症状から考えられる疾患を挙げる)の初年次ゼミも定期的にやりました。2年生は生理学、薬理学など、医学の基礎的な授業が入ってきます。3〜4年生で循環器、呼吸器、眼科、皮膚科など臨床医学を学びます。5年生からは座学が終わり、実習に入っていく感じですね」 2020年。順調なら五輪半年前の2月に、医師免許取得のための国家試験が待つ。このまま両立を続けるか、岐路に立っている。 「19年秋からは秋田大の卒業試験も始まります。どんなに今年調子を上げても、卒業試験や国家試験の準備があって、冬季で競技の状態を崩してしまったらやるせないので…。今は国家試験を1年延ばしたい、と相談しています。卒業自体を1年延ばすか、国家試験だけを1年延ばすか。いずれにしろ、休むことは前提に考えています。ギリギリまで陸上であがくためにも、両立は一回置いておきたい」 東京五輪女子800メートルの出場枠は48。今年7月1日から来年6月29日までに出した記録によるランキング上位者が出場資格を得る。国別枠は最大3。まずは国内のライバルを倒し、世界に通じる力を示す必要がある。 「本当に今シーズン次第。全てが今年に懸かっているので、今から緊張しています。東京五輪の時は25歳。選手としては一番、頑張れる時期だと思っているので、やりきりたいですね」 ■困難な道も幸せ
トップ選手では異例となる医学部生との両立。困難の分だけ、達成感も大きい。得難い大学生活を送る広田は、どんな医師になるのだろうか。 「今の段階では産婦人科医に憧れています。お産の多い病院に勤めてバリバリ働きたい。スポーツ系でも関わりたいので、陸上で得た知識をもとに婦人科のカウンセラーをしつつ、治療に当たれたらいいですね。陸上界と医学界の人って本来、交わらないと思っていて。どちらとも関わりながら大事な時期を過ごせているのはありがたい。幸せです」 ◆広田 有紀(ひろた・ゆうき) ▼生まれとサイズ 1995年5月20日、新潟市。23歳。164センチ、50キロ。 ▼競技歴 白山小5年時に始める。マラソン大会で優勝し、新潟市内の記録会出場を勧められたのがきっかけ。小学校は吹奏楽部にも所属し、ソプラノアコーディオンを担当。中学から陸上部に専念し、新潟高2年時の12年岐阜国体で優勝。 ▼好きな食べ物 すし、中華クラゲ。コリコリとした食感のものが好きで、魚ではマダイ。 ▼憧れの選手 男子100メートルの山県亮太(セイコー)。考え方や競技への向き合い方に憧れている。 ▼興味のある他競技 けん玉、フィギュアスケート。五輪2連覇の羽生結弦(ANA)が好き。 ▼好きな芸能人 韓国で結成された女子アイドルグループのTWICEや、人気ユーチューバーの「スカイピース」。 ▼“三足のわらじ”!? 大学1〜2年時は、多い時で月7〜10万円かかる遠征費を捻出するため、アルバイトもしていた。1年時は早朝にコンビニ店員、2年時は塾の講師。3年時以降は母の仕送りに助けられ、昨年末からは秋田大の「トップアスリート支援金」を得て遠征費を賄う。 ▼家族 母・美恵さん。 ◆女子800メートルの勢力図 日本勢では、日本歴代2位の自己記録2分0秒92を持つ北村が筆頭。ともに大学1年生で、同2分2秒57の塩見綾乃(19)=立命大=、同2分2秒71の川田朱夏(19)=東大阪大=を合わせた“3強”が有力選手として知られる。海外では、16年リオ五輪女王で同1分54秒25のキャスター・セメンヤ(28)=南アフリカ=が第一人者。世界陸上でも直近の17年ロンドン大会など3度の優勝を誇り、性別疑惑に苦しめられた過去もある。19年ドーハ世界陸上出場へ突破が必要な参加標準記録は、2分0秒60に設定されている。 ◆女子800メートルの東京五輪への道 全体の出場枠は48で開催国枠はない。1つの国・地域からは最大3人まで出場できる。出場枠は原則として、このほど新設される世界ランキングの上位が獲得。19年7月1日から20年6月29日までに出した記録が対象となる。 ■ほかにもいる、医師を夢見るアスリート
広田以外にも、競技生活と医師への道を両立する選手がいる。18年世界柔道女子78キロ超級金メダルの朝比奈沙羅(22)=パーク24=は、東京五輪金メダルと整形外科医になる夢を抱く。両親ともに医師。現在は東海大体育学部に在籍するが、引退後に医学部を再受験する意向だ。「海外では五輪メダリストで弁護士やドクターになる選手がすごく多い。日本は制度的にも難しいけど、自分が先駆けになりたい」と思いを抱く。
ラグビーの日本代表ウィング福岡堅樹(26)=パナソニック=も、引退後に医師の夢を追う。15人制では筑波大在学中の15年W杯イングランド大会で活躍。今秋のW杯日本大会もメンバー入りが有力だ。7人制でも主軸で、東京五輪を最後に第一線を退き、医学部を受験する。大学では情報学群情報科学類知能情報メディア専攻で、人工知能の研究やアプリ開発を学んだ。持ち前の理系脳を生かし、医学の道でも輝く。 |
写真:長田洋平/アフロスポーツ





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