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子供にとっての本当の幸せの意味を改めて考えさせられる 23日に公開される映画「こどもしょくどう」は、家庭の事情などで満足に食事を取ることのできない子供に焦点を当てたヒューマンドラマ。
小学5年生の少年、ユウト(藤本哉汰)はある日、父や妹とともに河原で車上生活を送る少女、ミチル(鈴木梨央)と出会う。ユウトは満足に食事もできないミチル姉妹を両親が営む食堂に招くことに。だが、その数日後、姉妹の父親が突然失踪し、ミチルたちは行き場を無くしてしまう。
貧困問題に苦しむ子供たちに無償または安価で食事を提供する「こども食堂」をテーマにした作品だが、子供目線で描いているからか決して説教くさくない。むしろ子供たちの、自分たちだけではどうしようもできない現状に対する悔しさ、切なさが伝わってきて胸が締め付けられる。
大人に比べたら、子供たちは、ごく小さな社会の中で生きている。学校があろうとも、どれだけ友達がいようとも、生活の基盤にあるのは家族。子供たちの“小さな力”では、親によってある種“決まってしまった”自身の境遇や環境には逆らえない。やはり子供にとっては親が全てなのだ。
ミチルたちは、肉体的にも精神的にも満たされない空腹感を、そっと差し伸べられた温かいご飯で、ひととき忘れることができる。それでも結局は親に会いたいと願う。その姿が切ない。
いま、すぐそばで泣いている子供がいても、他人の子供には見向きもしない大人が増えた。昔は他人の子供でも本気で愛情をもって怒る大人たちが大勢いたはずなのに。
そんな中で、子供たちの貧困対策としてだけでなく、地域のコミュニティの場として全国に広がってきているのが「こども食堂」だ。何気なく食卓を囲み、おいしいご飯を食べながら団らんする楽しさを教えてくれる。
運営はボランティアが多く、続ける難しさもある。だが、子供たちにとっては家と学校以外の貴重な“居場所”となっている。これからの日本を支えていく子供たちの未来を守る大切さを映画を通して感じた。こうした活動に目を向ける人が、より増えてほしいものだ。
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岡田奈々、デビュー45周年 伝説の美少女はいま 1974年、芸能界デビューした岡田奈々は並みいる昭和のアイドルの中でもレジェンド級の美少女として愛されてきた。60歳になった現在も、そのイメージは色あせることなく根強いファンを持つ。今年は、デビュー45周年のメモリアルイヤー。33年ぶりの新曲「坂の途中で」もリリースするという岡田に、話を聞いた。
辞めたいと思ったことは1度もなかった
「もう歌うことはないだろうと思っていたので、33年ぶりに新曲だなんて冗談かなと。カラオケでも歌っていなかったので、自分で特訓してやらせていただきました」 出来上がった曲を聴くと、曲調の懐かしさや歌唱法もあるのだろうか、アイドル時代の声の可愛さがいまだ健在なことに驚く。 「歌は好きで、幼い頃から人前でよく歌ってはいましたが、歌手の世界はプロですから次元が違います。私のデビュー当時、堀越学園の同級生では岩崎宏美さん、森昌子さん。他にも細川たかしさん、太田裕美さん、本当に歌唱力の高い方がたくさんいらっしゃって」 デビューのきっかけとなったのは、地元・岐阜でのスカウトだった。 「繁華街の柳ヶ瀬を学生時代に歩いていたら、レコード屋さんにキャンペーンで来ていた歌手のスタッフさんに声をかけられたんです。それが6月。あとはもうスムーズ過ぎるくらい、1カ月経たないうちに東京に行って。最初にグリコアーモンドチョコレートのコマーシャルを森田健作さんと一緒にやらせていただきました」 トントン拍子にスターへの道を歩み、恵まれていたと振り返る。 「NET(現・テレビ朝日)の火曜ドラマ『うしろの正面』の坂上二郎さんの娘役オーディションに受かって、最初は女優という感じだったと思います。事務所としては、まだ何が出来るかもわからないから、まずはCMをやらせたり、ドラマをやらせたり、歌を歌わせたり……と、いろいろなことを経験しました。毎日楽しんでやっていたので、辞めたいと思ったことは1度もなかったですね」 物静かなお嬢さんイメージが嫌だった
そんな中、75年10月から始まった中村雅俊主演の青春ドラマ「俺たちの旅」は、岡田の人気上昇のスピードを加速させたドラマといえるだろう。岡田は、田中健演じる“オメダ”こと中谷隆夫の妹で、“カースケ”こと津村浩介(中村)に想いを寄せる高校生の真弓役を好演。彼女を主人公にした第22話の劇中歌として使用された「青春の坂道」は、岡田の代表的なヒット曲となった。
「私は16歳で、中村さんは24歳ぐらいだったかな、大人の男性だったんですけど、普段から楽しい方で、ギターを持って歌ってくださったり。時間がなくてセリフを覚えるのは辛かったですけど、とにかく現場に行きたくって、楽しかった思い出ばかりですね」 着々とスター街道を歩む岡田だったが、お嬢様的な美少女アイドルとしてのイメージには悩みもあったとか。 「180度違うのに、そういうイメージばかりついちゃって。だって『俺たちの旅』の真弓だって、お嬢さんじゃないですからね。お嬢さん的な役って、そんなにやったことがないんです。おきゃんな役とか、時代劇であれば町娘役とか。素も活発なのに、物静かなイメージがついて、そういうふうに見られるのが嫌で困っていたんですよ。かといって羽目外すわけにもいかないじゃないですか」 歌も芝居も作る過程が好き
やがて20歳となった1979年からは女優路線に本格シフト、通っていた短期大学も中退した。女優としてのターニングポイントとなったのが、82年の映画「あゝ野麦峠 新緑篇」だったという。 「私は製糸工場の女工さん役だったのですが、山本薩夫監督に厳しくご指導いただいて。もう、そんなお嬢さんみたいな感じじゃダメだから、立っているだけで繭(まゆ)の匂いがするようにしてきなさいって」 「戦国自衛隊」「里見八犬伝」といった角川映画や、「スクール☆ウォーズ」などの大映ドラマでも活躍し、その後も地道にキャリアを重ねてきた。歌でも芝居でも、ものを作る過程が好きだという。 「2014年の映画『恋』なんかも、咲子って役になりきってセリフを言わせてもらい、監督さんと、いろいろと、どうやって咲子の気持ちになっていけばいいのかとか、そういうやりとりをしている自分が好きなんです。言いたいセリフを言わせていただいたり、歌いたい歌詞を歌わせていただいたり。それをやらせていただけることの嬉しさというものは、あ〜、やってて良かった、やっぱり皆さんに聴いていただきたいし観ていただきたい、それが私たちの仕事なんじゃないかとは、思うんですけども」 こだわって作ることの楽しさ
気がつけば、デビュー45周年。ひと通りのことはやりつくした感はあるかと水を向けると、「やりつくしてはいないと思いますけども」と笑いながら、「自分なりに出来ることと言いますか、やらせていただいてるとは思います」と答える。
続けて、愚問かもしれないが、時間もお金も気にせず何でも自由にやれるとしたら何をやりたいか聞いてみると、「何か作ってみたい」という。 「映画のように、1つの作品を、みんなでいろいろ意見を言い合って作って行く過程が好きなんでしょうね。ここにこれが置いてあると邪魔だからどけようとか、そういう1つ1つのことにこだわって作ることが、何か楽しいんですよね」 45年経っても、笑顔の素敵さが変わらない。 (取材・文:志和浩司) ■岡田奈々
1959年2月12日岐阜県出身。74年に芸能界デビュー、翌75年にレコードデビュー。ポッキーの初代CMガールや「俺たちの旅」はじめドラマ出演も人気を呼んだ。アイドル歌手として15枚のシングルと8枚のアルバムをリリース、5年間に渡り活躍。79年からは女優に本格転向、角川映画「戦国自衛隊」「あゝ野麦峠 新緑篇」や大映ドラマ「スクール☆ウォーズ」など数々の作品に出演。近年は映画を中心に活動を続けている。 今年5月、新曲を含めたCDやDVD、ブックレットからなる集大成的なコレクション “my gratitude”をリリースする。 |

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今後もチェックよろしく。笑
